『Learning Design 2025年07月号|今こそ考えたい人事部門の価値』
なんてことのない身近な人たちが変化していく物語を描きたい/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
今は物事や人の一面だけが切り取られて、ものすごい速さで伝達されていく世の中です。でも、人間はもっと複雑で、見えている部分だけがその人のすべてではありません。人の前では多かれ少なかれ演じている部分があって、隠れて見えないところがあるはずです。そこを理解しようとすれば、言葉を尽くすしかありません。
わかり合おうと近づくのは勇気がいることです。もしぶつかり合ったら、元の関係に戻れる保証はないわけですから。私自身、踏み込みすぎたらぶつかって傷つけ合うのではないか、と怖さを感じることもあります。ただ一方で、触れ合いたい気持ちも消えてなくならない。その気持ちに向かい合って、あきらめずに言葉を重ねていくことが大事だと思っています。作品を通じてそのことが伝わるとうれしいなと。
『カフネ』で描きたかったのも、料理そのものより、せつなが家事代行先のお宅の冷蔵庫を見て、その人のことを考えて料理をつくる姿でした。ですから料理描写そのものが、ここまで好評を得るとは考えてもみませんでした。
私は身近に経験したことや感じていることが作品に反映されるタイプです。ただ、自分が直接体験できることはどうしても限られてしまいます。その点で助けられているのがラジオですね。
ラジオはテレビと違って作業しながら楽しめるので、毎朝子どもの離乳食をつくりながら聴いています。ラジオ番組には全国津々浦々から様々な投稿が集まりますが、なかでも耳を傾けたくなるのは、「介護が大変で、このところ息が詰まっていたけれど、春になって梅の花がきれいに咲いているのを見たら、心がスッと軽くなった」というような、生活の一場面についての投稿です。身の回りの何気ない話を聞くと、その人が暮らしている様子が思い浮かんできて、その積み重ねが物語になっていく。私が書くのは、華やかで大がかりな物語ではなく、身近な人たちのなんてことのない生活の物語。その想像力の源の1つがラジオなんです。
いえ、特定のモデルはいなくて、最初に2人が喧嘩をしているシーンが頭に浮かびました。私たちは日常生活のなかで言葉を飲み込んで我慢するシーンが少なくないですよね。ただ、飲み込んだ言葉は石のように心に沈んでしまう。それを飲み込まない人を描こうと考えて、まずはせつなの性格の輪郭ができました。
では、弱音を吐かないせつなと関係を築くことができるのはどんな人なのか。まじめで融通が利かないけれど、パワフルでお節介を焼く人なら、せつなの抱える孤独を受け止められるのではないか―― 。そう考えて薫子を登場させました。
2人は家族でも友達でもありません。でも、相手によく思われたいという間柄ではないからこそ、本音をぶつけ合って新たに関係を築いていけた。それは書き始めてから発見しました。
人と人とのつながりを生むエコシステムを生かし、「挑戦する人材」に目的や方向性を示す/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
―― たとえば社内公募制などの仕組みも挑戦の環境づくりにつながっているのでしょうか。
島田
具体的な制度でいえばそうなりますが、私はやはり目に見えない環境が大きいと思っています。たとえば企業や大学の技術者たちがユニークなテーマに挑んで競い合うNHKの『魔改造の夜』に、東芝の有志が出場したことがあります。世間をお騒がせしていた時期だったので「出たいけれど、やめておいた方がいいですか」と言われたのですが、「それとこれとは別。出ておいでよ」と。それが我が社のカルチャーです。
「カメレオンちゃんダーツ」「ホームベーカリーパン大食い競争」の2つに出て、結果的には勝てなかったのですが、メンバーは生き生きと挑戦していました。ダーツに出したマシンはアイデアを実現するための挑戦的な工夫があって、一緒に出場していた東大生チームが「大人すげえ」とびっくりしていました。実はその後、東大生との交流会もあったとか。そこからリクルーティングが始まって、まさに人が人をよんでいるなと思いました。
もちろん人事の仕組みや待遇は、優秀な人に働いてもらううえで大事ですよ。ただ、たとえば給与面で待遇が良くてもすぐに慣れてしまう。それよりも、「これをやりたい」と気兼ねなく言えたり、それを理解してくれる人と仕事ができる環境があることが、東芝というエコシステムの構築に役立つと考えています。
経営の仕事は、従業員、株主、お客様、社会といったマルチステークホルダーの意思を統一して方向づけること。全員が100%納得することは困難ですが、ある程度納得してもらわなければ安定した経営はできません。皆さんから賛同を得るには、汎化、つまり物事を抽象化したり哲学化する力や、「この人は何を考えているのだろう」と推し量って理解する力が必要です。それらを感覚的に身につけるには、ダイバーシティな環境で、自分とバックグラウンドが異なる人たちに囲まれる経験を積むべきです。
―― 選抜型の経営人材育成プログラム「Next150」を実施しています。そこではどのようなメッセージを伝えていますか。
島田
目線をギューっと上げてくださいと言っています。「上に行ったらいま抱えている問題を何とかしよう」ではダメ。経営層になって全体を見れば、いま自分が抱えている問題は必ずしもプライオリティが高くないかもしれません。自社のマルチステークホルダーをどう定義して、何を課題とするのか。視座を高めてそれを考えてほしいなと思います。
また、単に研修で「知識を習得して終わり」ではもったいない。プログラムを通して、「うちの会社にはいろいろな人がいる」と気づくきっかけになればいいですね。
マネジャーとして本当に成長できたのは、その会社がシーメンスに買収されてドイツ本社に行ってからでしょうか。
ドイツでは、ダイバーシティを経験しました。何か指示を出したとき、日本人部下なら「わかりました」と言うところで、ドイツ人部下は「なぜやらなくてはいけないのか」「ジョブ・ディスクリプションにはない」と言って動かないのです。
いろいろ試してわかったのは、ドイツは論理の国ということ。上司や部下、関係部署に向けて3カ月かけて筋道を立てて戦略を説明したら、プロジェクトが急に動き始めました。みんなサボろうとしていたわけではない。ロジックさえ理解すればスピードは速いのです。
実はロジックを理解した方が力を出せるのは日本人も同じです。日本人は曖昧なままとりあえず事を進めることもできますが、それでは面従腹背になりがち。本気で取り組んでもらうには、たとえ回り道になっても最初にロジックを理解してもらった方がいいのです。東芝でもそれを意識していますし、実際しっかり準備して伝えたことで、やるべきことに取り組んでもらうことができています。
「ビジネス」と「働く人の心」両面を捉え、戦略人事への貢献を/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
「日本企業はいまだに、優秀な人にどんな仕事を割りあてるか、つまり適材適所を議論し続けていますが、逆なんですよ。戦略人事では『適所適材』が大前提。戦略起点で、まず各々の仕事の内容や求められるミッションを明確化し、それを実現するにはどんな人材が必要かを具体的に定義してから、人を充てはめないといけない。仕事と人のマッチングができて初めて、戦略と人材が連動します。日本の人事は、そこがずっと曖昧でした。やるべきことが明確でないと、働く人は、戦略に貢献できる喜びや成長実感を得にくい。エンゲージメントの低下につながりかねません」
「これまでのぼんやりとした採用のしかたでも、現場に預けてしまえば、そのなかで荒波に揉まれて、結果的に成長・定着していきました。でもただ何となくハマっていただけなんです。最近は労働市場が逼迫して、ただでさえ退職→転職のハードルが下がっているうえに、今の若い世代は曖昧さをすごく嫌いますよね。オンボーディングやOJTの場面でも、会社が各人に何を求めているのかをもっと具体的に示すなど、解像度を上げてマネジメントしていかないと、新入社員も、受け入れる側の現場も不信感が募るだけでしょう。そこは人事主導で変革すべきです」
「かつては企業が『人を大切にする』といえば、雇用を大切にする、維持することを意味しましたが、いまは変わってきました。働く人が持てる能力やスキル、知識を最大限に発揮して、戦略に資するアウトプットを生産性高く出せるようにすることが第一。つまり、雇用するだけでなく、ちゃんと戦力になってもらうことが『人を大切にする』ことなのです(図1)。
「具体的な取り組みや方法論は各社それぞれでいいと思います。たとえば日本製鉄では、メンバーシップ型の人事や新卒一括採用を今後も続ける姿勢を明確に打ち出していますね。いま流行のジョブ型には絶対にしませんと。コア人材だけでなく、一人ひとりをメンバーとして仲間に引き入れ、メンターをつけるなど手厚く支援しながら成長を促すわけです。むしろ『全員がコア人材』だという認識でしょう」
自社にとって、「働く人を大切にする」とはどういうことなのか―― 。在るべき姿を自覚して、突き詰めるのも人事の役割に違いない。
守島氏によると、「人事パーソンには、特に2つの分野のスキルや知識が求められる」という。
「1つは、マーケティングのスキルです。マーケティングというのは、選択(買わない)の自由を持つ消費者に、自社の商品を選んでもらう、買ってもらうための取り組みといえましょう。一方、働く人もこれまでは企業に従うのが前提でしたが、最近は言いなりではありません。転職が当たり前になり、働き方も変えられる。消費者同様、選択できる立場なんですね。人事にとっては、まさしく手強い“顧客”といっていいでしょう。現場の声を集め、働く人のマインドを科学的に把握するためのツールとして、マーケティングは欠かせません(図2)」
「これからの人事は、人の心を理解しないとダメだと、再三お伝えしてきました。矛盾することを言うようですが、本当の意味で難しいのは、『人の心だけを理解してもダメ』だということなんですよ。戦略人事は事業や経営戦略についてもよくわかっていないと、役割・ミッションの明確化や適所適材を進められません。片手でビジネスを、もう片方の手で働く人の心をつかんで、両方のバランスを保つことが人事にとってもっとも重要。腕の見せ所でもあります」
ところが、人事の人は油断すると、人にのめり込んでしまうのだと守島氏は話す。
「人のことがどんどん好きになり、人にのめり込むというのは、皆さんも心当たりがあるのでは?人事は、人の心を救うカウンセラーではありません。人事の価値はそこではないんです。究極の目的は、あくまでもビジネスへの貢献。そのために働く人の心を理解して、人材マネジメントに活かす必要性が以前より高まってきたわけです」
捉えるべきは「生活人」というモデル人事担当者に必要なアナログと想像力とは/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
「人事担当者はまじめな人が多いせいか、最近は知識偏重になっている気がします。ネットの普及で全般的に情報にアクセスしやすくなったことに加え、特に人事に関しては様々なセミナーがあり、人事同士のつながりも強いため、人事担当者が知識や方法、概念、仕組みといった情報に触れる機会は増えていると思います。もちろん勉強することはいいことです。ただ、知識をよくよく考えたうえで使うというより、何かお題が出てきたら、それに合う知識を探してパッと当てはめて終わり、というように、考えるのではなく探すというのを感じます」
人事担当者が楽をしようと手を抜いているわけではない。「むしろ一生懸命やっているから余裕がなくなっている」というのが鈴木氏の見立てだ。
「取り組むテーマが増えすぎているのです。新しいものが次々に出てくるのに人事のリソースはそれほど変わっていないとしたら、1つのテーマに割ける時間や労力は減ってしまいます。効率的に課題に対処しようとしたら、知識を表面的に当てはめていくような態度にならざるを得ない。私はすべてを人事が抱え込まなくていいと思います。テーマを切り分けて、もっと現場に渡して、そのサポートに徹してもいいのではないでしょうか」
「会社の外で情報を探しても、見つかるのは一般論だけです。自社の課題を解決するには、まず社内に目を向けて現場で何が起きているのかを知るべきではないでしょうか。間接部門は現場と距離があるといいますが、何も難しいことはありません。シンプルに人事担当者が現場に足を運んで話を聞けばいいのです」
近年は人事領域もDXが進んでおり、デジタルで現場から効率的に情報を取っているという人事部門も多い。しかし、鈴木氏は「それだけに頼って、現場をわかったとなるのは危険」と警鐘を鳴らす。
「定期的にサーベイをし、現場からレポートを上げてもらえば、人事は効率的に現場の情報を得られるかもしれません。しかし、データだけを見ても現場でリアルに何が起きているのかを把握することは難しいでしょう。データは、あくまでも仮説を立てる材料として活用すべき。仮説を確認する意味でも、現場に行って困りごとを聞き、自分で採用を担当した社員がいまどれだけ成長しているのか、会って話してみた方がいい。
もともと日本企業の人事はアナログな情報収集が得意であり、どこの誰がそろそろ結婚するという噂話まで知っていました。古く感じるかもしれませんが、今は一周回ってアナログな手法が重要だと感じます」
「40~50年前の日本企業は、多くが家族主義的であり、会社やそこで働く人はお互いにそれを暗黙の了解として関係を築いてきました。しかし今は、会社や働く人の考え方が多様化しています。たとえば引き続き家族主義的で終身雇用の会社もあれば、促成栽培で30~40代にピークを合わせて働いてもらおうという会社もあります。大切なのは、人に関する基本的な考え方やポリシーを会社が示すこと。それによって働く人は自分に合った会社を選べます」
「かつての経営学は、人間は報酬が高ければ頑張る経済人という古典的なモデルで人材を見ていました。その後、仲間と一緒に頑張りたいという社会的な人間や、自己成長を軸にした自己実現人といったモデルが出てきました。ただ、それらのモデルだけでは働く人をもう捉えきれなくなっています。これからは、仕事をするだけではない『生活人』というモデルを念頭に置かないと、人のマネジメントは難しい(図2)。ポリシーレベルでなくても、転勤はどうするのかなど、生活に関わる部分の考え方はできるだけ事前に明示したいところです」
「あえてドキッとする言い方をすれば、人事担当者は人事の仕事そのものに価値を見いださない方がいいと思います。人事は間接部門であり、究極的には給与計算だけやって現場がうまく回り、組織が価値を生み出しているなら問題ないはずです。ところが、自分たちだけの価値を出そうと、必要のない施策を注ぎ足してしまうのです。まるで通販番組を見て衝動買いして、不要な調理器具でいっぱいになっているキッチンのようなもの。結局、それで現場や自分たちの負担が増えて苦しくなることもあるのでは」
自分の仕事に価値を見いださないとモチベーションが低下するのでは、という懸念もあるのではないだろうか。
「長期で見れば、人事の仕事を続けてきてよかったと思える瞬間は必ずやってきます。私は大学で教えています。普段は大変なことばかりですが、卒業から10年後、立派になった教え子の姿を見て、『彼の成長に少しは貢献できたのでは』と喜びを感じています。おそらく人事の仕事に近いものがあるはず。目先の評価にとらわれず、長い目で人事の仕事の価値を捉えてもらいたいですね」
ジレンマから中途採用者を救うオンボーディングにおける人事の役割/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
「近年は多様な人材を採る必要性から、ダイバーシティを重要なテーマとして掲げる人事が増えてきました。ただ、かつての日本企業の強みは同質性でした。今もそこをコアな強みとしている企業が『流行りだから』と言ってダイバーシティ施策を行うと強みを消してしまう。成果主義もそうです。年功序列の賃金体系でうまくいっていた企業が成果主義を取り入れた結果、退職者が続出したケースは少なくありません。
大切なのは、外ではなく中を見ること。『他社がやっているから我が社も』ではなく、実際に自社が困っているテーマに集中するのです。そうすることで人事担当者は様々なテーマに振り回されることなく、同時に会社を良くすることに貢献できるでしょう」
「中途採用者がアンラーニングできない原因は3つあります。1つは、企業が仕事の進め方を教えていないから。『即戦力なのだから自分で考えてやれ』だと、中途採用者はよくわからずに前職のやり方に頼るしかありません。
2点目は、組織が変革のトリガーとしての役割を期待しすぎているケースです。『私たちが気づかない点をどんどん指摘してほしい』と期待されると、中途採用者は粗探しの視点で新しい職場を見てしまう。中途採用者に変革者の役割を期待してもいいのですが、それは組織になじんだ後にやってもらうべきでしょう。
そして3点目が、人事担当者がアンラーニングの重要性に気づいていないか、気づいていても中途採用者にそれを伝えていないこと(図2)。本人任せにしないで、人事がアンラーニング研修をして注意喚起する必要があります」
「インタビューしたなかに、『人事には特に何も求めていない』と話す中途採用者がいました。よく聞いてみると、職場がすごくサポーティブで周りが何でも教えてくれるし、助けてくれるから、人事に頼むことがないということでした。これは理想のオンボーディングでしょう」
人事担当者は人材の定着や成長に関して強い使命感を持っている。とはいえ、社内でもっとも効果的な教育の実践者は現場である、と尾形氏は続ける。
やりがいある人事のキャリアを充実させるために必要なこと/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
従業員の期待に対しては、「キャリア安全性」の確保を意識したい。
「従業員は、一生この会社で働くことを前提に置いていないので、いまの会社で働くことが未来の自分のより良いキャリアにつながるという実感、つまり『キャリア安全性』を持ってもらうことが必要です。未来のその人のキャリアに紐づけていまの仕事をしてもらうという意識が、人事担当者には求められるでしょう」
「他社事例やトレンドを知ること、データ分析や生成AIなどのテクニカルなスキルや、法改正のキャッチアップも大事ですが、より大事なのは、自社の従業員が何に困っていて、どうなるとハッピーか、従業員のところに足を運んでニーズをキャッチする姿勢です。人事の部屋に閉じこもってAIとExcelで人を管理するだけではなく、事業部門に足を運び、相手が何を求めていて、自分たちの提供価値はどこにあるかを模索することを大事にしていただきたい」
「事業部門に行っても、何を話していいかわからない」という人もいるかもしれないが、田中氏は、「とにかくたくさんの従業員と会って、いまどんなことに困っているのか、人事に何を求めているかを教えてほしい、と素直に尋ねてみればいいんですよ。そこには必ず学びがありますから」とアドバイスする。「POS(PerceivedOrganizational Support、知覚された組織的支援)」という概念があるが、会社が自分のことを支援してくれていると感じることが、自社へのロイヤルティーやコミットメントを高める。制度や仕組みで変えようと思いすぎず、少しでも時間をつくって一人ひとりに声をかけに行くことが大事なのだ。
また、田中氏は「人事部門の人たちは必要以上に自分たちを過小評価しがち」と指摘する。一例を挙げると、よく、「人事は現場を知らない」と言われる。今回の調査でも、約7割の人事パーソンがそう思われていると回答したが、他職種の人たちに同様の調査をすると「人事は現場を知らない」という回答は約4割。この結果を踏まえると、「やって当たり前だと思われる」というのも、実は人事パーソンの思い込みなのかもしれない。田中氏は、「それも含めて、圧倒的に他部門の人たちとのコミュニケーションが足りていません」と言う。
「社外でも通用する専門性を身につけたいと焦る気持ちはわかりますが、この時期は人事パーソンとしての基礎体力を付けることが大事です。学術書など特定のテーマについて深く書かれた書物に当たり、人や組織がどういう力学で動くかについて理解を深めること。つまり持論より理論。若手期は、限られた実践のなかで得た持論より、まず体系的な理論を基に、人や組織に対する自分なりの見立てを養う大事な時期です」
挑戦する組織への改革に向けて「変えるもの」と「変えないもの」/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
特に人事が直接的に関与するのは、理念の2番目だ(図2)。
「従業員の“真の幸せと生き甲斐”を掲げています。いまでいうエンゲージメントでしょうか。制定した1986年時点の先見性に驚くと同時に、この姿勢は揺るぎないものだと自信を持って言えます。しかし、幸せに“してあげる”とは、言っていないんですよね。従業員に場を提示するにすぎず、あくまで自ら真の幸せと生き甲斐を追求する必要がある、とうたっています。主役は従業員であって、人事は実現を支援する立場なんです」
人事の役割は「個の力」のレベルアップとそれを解き放つ「企業文化」の醸成/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
「人の個性って、実は相対性なんですよね。固定的なものではなく、環境で変わるし、メンバーに新しい人が入ると、その関係性のなかで変わったりもする。それをどう組み合わせて、組織の力につなげていくか。人事として、自分がもっとも関心のあるテーマです」
「髙橋も私も、会社は社員が各自のパーパスを実現するための乗り物であり、より人事的な視点でいうと、個々が成長するための“道場”だと思っています。1人でできることをどれだけやっても、成長って起こらないんですね。異質なタイプの人の手助けを得て、『えっ!?そういうことをやってもいいんだ』『そんな見方もあるのか』と、衝撃の体験をするなかで、初めて成長できるんです。だからこそ、多様な個性のメンバーとチームで働く“異文化体験”を、私たちは大切にしていますし、人事としても、あの手この手でそうした機会を提供しています」
監督の仕事は「答え」を出すことではない今、指導者に求められること/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
栗山
まさに監督がすべてをやる時代は終わった、ということがよくわかりました。たとえば、ドジャースの編成トップのフリードマンは投資家出身です。選手を獲得する際、球団は選手に対して巨額の投資をするわけですから、ありとあらゆる情報を取り込んで望ましい投資対象かどうかを入念に分析する必要がある。
考えてみれば当然です。野球をわかっているかいないかという話以前に、これからはそうした人たちと野球経験者が共に議論していかなければ本当に新しいものは生まれない、そう思いました。
栗山
はい。データも数字も大切ですが、最後は感覚の世界です。たとえば、投球動作の最後の最後にボールに指をちょっとかける、といった感覚のことは誰にも教えられません。技術は教えられますが、それを自分のものにして表現する「技能」はそれぞれの人固有のものだからです。ただ、自分の感覚をデータと照らし合わせることで調整がしやすくなり、感覚がつかみやすくなります。データと感性はどちらか一方がなくなるわけではなく、共存しながら進化していくのだと思います。
中原
専門家が示したデータが現場にフィットしない、または専門家と現場の人との議論がかみ合わない、といったことは起こりませんか?
栗山
それはもう、たくさん起こっています。コーチとデータアナリストとの齟齬は、今まさに起きているところです。これについては両側から散々話を聞かされていて、チームの大きな課題となっていますが、ぶつかり合えばいいと思っています。
僕も昭和生まれなので、コーチの言うこともわかります。けれど、新しいものを生み出すというのは壊すことだし、自分がやったことがないことをやらないと新しいものは生まれません。コーチたちは超一流の人たちですが、僕は彼らに「自分のやり方ではない教え方をしてほしい」とお願いしています。一度、自分のやり方から離れることで、理論的に一番良いものを見つけられる可能性がある。データとコーチの持つ技術との整合性を取ることで、よりコーチの能力を引き出し、さらに良い指導ができるようになるのではないか、と考えています。
栗山
選手のことを考えながら言葉をかけることが大事だと思っています。僕が指導者で一番良くないと思っているのは、相手、特に年下の若い選手たちに気を使って、当たり障りのない言葉かけをしてしまうことです。たとえば、本当はもうちょっと頑張らせたいと思っているのに、自分の感情を平らにしたいがために、口先だけで「頑張ってるな」というような声かけをしてしまうと、選手は「今の自分で大丈夫なんだ」とほっとして気が緩み、結果が出なくなってしまいます。結局その言葉は、僕が僕のためにかけている言葉で、人を駄目にする最悪な言葉かけなのです。とはいえ、人は弱いので、自分を安心させるための言葉をつい口にしてしまいます。だから「本当に自分はこのことをこの人に伝えたいのか」ということを常に考えながら声をかけなくては、と思っています。
栗山
全体像というのはあまり気にしない方がいいと思っています。我々が判断基準にしていたのは、その選手のためになるかならないかという、ただ一点でした。チームのため、ということは放っておいて、「その選手にとって良い決断をしているのか」だけを重視していました。選手一人ひとりと話し合うなかで、選手はその思いを感じ取り、選手自身が「チームのために頑張りたい」という思いを持つようになっていきます。ですから、全体像のことはあまり意識することなく、一人ひとりの選手にしっかりと向き合うようにしてきました。このやり方が正しいのかどうかはわかりませんが、それにより「チームへの思い」が広がると感じています。
栗山
監督の仕事は、「答え」を出すことではなく、みんなが「とりあえずこれでやってみよう」、と折り合いをつけられるようにすることにあるのだろうと思います。結局、「答え」というのは感覚の部分にあるものなので、それはブラックボックスです。確実に答えはあるはずなのに、誰も引っ張り出せない。だから最後は、その人の感性や、その人の生きざまみたいなものに賭けるしかないところがあります。けれども、そこに行きつくためには、議論して議論して勉強して勉強して、ギリギリまで行かないと、最良の結果を得ることはできない。だから僕はそうした議論を続けることが大事だと思っています。
中原
ありがとうございます。最後に、栗山監督にとって、指導者とはどんな存在だと思われますか?
栗山
うーん……。「片思い」ですね。指導者の資質は「片思いをし続けられること」だと思っています。何かの見返りを求めた瞬間、思いが自分自身に向いた瞬間に、指導者としての資質は失われてしまう。相手からどう思われようと嫌われようと、自分の思っていることや愛情を相手に届け続けられるかどうか。僕はそう思っています。
再現性の高いスキルを生かし他の領域との掛け算で優れた人材に/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
異動前、上司からは「山崎さんのように守られなくてもサバイブできる人のために、人事制度があるわけではない。その層に合わせると歪む」と言われていた。実際、それまでの人事部門は各社オペレーショナルエクセレンスなところがあり、全員に共通化できる制度をつくって効率的に運用するという思想が強かった。しかし、山崎氏には違和感があった。
「個人の違いを反映しない仕組みはウィークポイントになり得ます。マーケティングでは、売上貢献度が高いお客様を特別待遇します。人事も同じ発想が大切で、個人の就労観によって施策を変えるべき。たとえば目標達成志向が強くて高いパフォーマンスの人にはインセンティブ、支援的なマインドが強い人には称賛で報いた方がエンゲージメントは高まるでしょう。そうした仮説のもとに施策を打っていきました」
23年にCHROに就任。人事に異動して7年たった今、山崎氏の目に現在の仕事はどのように映っているのだろうか。
「やっていくうちに、『今の仕事が最高!』になるのがいつもの私のパターン。人事も同じで、むちゃくちゃ充実しています。今また『他の部門を見ろ』と言われたら、『粛清人事だ!』って言うでしょうね(笑)」
人事パーソンには、ずっと人事畑を歩んできた人と、他部門を経験して途中から人事に携わり始めた人がいる。山崎氏は後者の典型だ。自らのキャリア戦略で望んで異動したこともあれば、本人の意に反して経営陣の意向で異動したこともあるが、いずれにしても「異動はキャリアダウンにならなかった」と語る。
「最初は、異動でそれまで積み上げてきたものがゼロになるのではないかという怖さがありました。でも、実際に異動すると、一度リセットしても残るスキルがありました。たとえば経営企画で使った戦略フレームワークは事業部で使えたし、マーケティングの発想は人事で大活躍でした。再現性の高いスキルがあれば、あとはむしろ“積み減らし”でいい」
「最後はすべての肩書きを取って、『山崎万里子』とだけ書かれた名刺にしたいんです。いろいろな経験を経たうえで、名前がその人の職業を表しているようになれば本望です!」
開発者と深める「マネジメント力向上プログラム」/Learning Design/2025年7-8月号/Learning Design Members
Highlights & Notes
「すっぴんチームキャンプ」は、マネジャーの良いところと課題についてメンバーからフィードバックをもらい、マネジャーにそれに向き合って行動変容してもらうプログラムです。まずはメンバーから本音が出てこないと始まりません。ただ、たとえば「フィードバックダイアローグ」といったネーミングだと、メンバーは構えてしまい、取って付けたようなことしか言わないかもしれません。「この場はマネジャーもメンバーもメイクせず、すっぴんのマインドセットになってほしい」ということをわかりやすく伝えるために、このように名づけました。
3点目は、みんなのフィードバックを聞き、絶妙に抽象度を上げてホワイトボードにまとめるスキルです。メンバーからのフィードバックは、なるべく具体的に話してもらうのですが、そのままホワイトボードに書くと誰が言ったことなのかがわかってしまう。誰の発言かわからないレベルまで抽象化して書き出すのは、それなりの技術を要します。
岡田
いいところは、できるだけたくさん書いてもらいます。いいところと課題はファシリテーターがホワイトボードに片面ずつまとめていくのですが、マネジャーが戻ってきたとき、最初に目に入るのは、いいところを書いた面。そのときホワイトボートがびっしり埋まっていたら本人はうれしいですよね。
一方、課題の方は渾身のものに絞って書いてもらいます。本当は改善すべき点がたくさんあったとしても、意識して行動変容できるのは1つか2つ。ですから量よりも質で、もっとも改善してもらいたいことを書いてもらいます。言い方として、「マネジャーのここがこうなったら最高だ」と思うところを書いてくださいと伝えています。そういう言い方だと単なる悪口になるのを防げます。
いいところも課題も、具体的に書いてもらうことが大切です。「あのミーティングでああ言われたことが良かった/悪かった」と具体的な場面を挙げた方が、本人も認識しやすくなります。
松尾
その後、課題の方を見て、行動変容にチャレンジする内容をマネジャーが選びますね。ただ、マネジャーが選ぶものが必ずしも適切な課題だとは限りません。そのときはどう対応するのでしょう?
岡田
キャンプの前に、育成対象マネジャーの上司やその1つ上のレポートラインと打ち合わせをして、HR側で最重要課題は抽出しています。ただ、ご指摘のとおり、マネジャーがそれと向き合わず、もっと軽い課題に逃げてしまうことはあります。その場合「こちらからもリクエストしていいですか。メンバーの話を聞くと、もっとも温度感が高かったのはこれでした」とディレクションをかけます。そのように言うとそこから目を背けるマネジャーはほとんどいないですね。
松尾
そもそもメンバーの挙げた課題が、あまりクリティカルではない場合もありそうです。
岡田
そのときは次のキャンプに育成対象マネジャーの上司を呼んでメンバーとして参加してもらいます。もともとメンバー側が少ないときなどに上司に入ってもらうことはあったので、その延長です。
もっとも、多少のズレなら本人の選択を尊重しています。やはり大切なのは自分で決めることですから。
松尾
「すっぴんチームキャンプ」は月1回で数カ月繰り返し、行動変容が見られれば次の「事業課題チャレンジプログラム」に進みます。実際にマネジャーが行動変容する割合はどの程度ですか。
岡田
8~9割ですね。1~2割はいったん変わったように見えても元に戻ってしまいます。本気で向かい合っていないと表面的に対応するだけで、行動が習慣化されるところまでいかないようです。変わらない人やすぐ戻ってしまう人には、HRが2週間に1回程度、1on1でコーチング、あるいはティーチングしてサポートしています。
実はマネジメント・キャンプを導入した1年目は、次のフェーズに進むかどうかの判断が割とふんわりしていたんです。それは反省点の1つで、2年目の今年からは、主観・客観・俯瞰、つまり本人・メンバー・上司がおおむねOKを出さないと次に進めない仕組みにしました。厳格化したことで、すぐ戻ってしまう人が減らせればいいなと。
松尾
詳細を聞いて、鍵になるのはファシリテーターの存在だと改めて思いました。このキャンプのファシリテーションに特に必要な3つのスキルを教えてもらいましたが、それぞれ訓練は可能でしょうか。
岡田
真摯さや誠実さはキャラクターによるかもしれませんが、場をつくる力と、抽象度を上げてまとめる力は訓練できるのではないでしょうか。実際、今、2人に対してトレーニングをしているところです。具体的には、まず本人を対象にした「すっぴんチームキャンプ」を受けてもらい、次に私がファシリテートする場に同席。さらに実際にやってもらって私がフィードバックしています。
実は「すっぴんチームキャンプ」は社内で評判が良く、すでに昇格したマネジャーからも「自分のリーダーシップ開発のためにやりたい」と依頼が来ています。それらは昇格候補者対象のものと比べると多少の失敗が許されるので、ファシリテーター育成に活用させてもらっています。
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