『ALLIANCE アライアンス 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用|リード・ホフマン/ベン・カスノーカ/クリス・イェ』
2025-03-21 12:28
2025-08-11 09:51
読了
思いがけずすごく良かった
それなら共感するの納得だ
ALLIANCE アライアンス
Highlights & Notes
今の日本では、会社で働く人が転職してキャリアアップを目指すことは珍しくありません。会社の立場から考えても、社員を完全に囲い込むということは不可能ですし、不健康です。だとしたら、会社を辞めるときの対話が、もっと建設的になったらいいと思いませんか。退職後、元の勤務先との関係がなくなってしまうのは、お互いにもったいないと思いませんか。
本書では、仮にたった数年で転職していったとしても、会社と働く人が「終身信頼」関係を築けることが、豊富な実例とともに論じられています。会社と個人の間に、フラットで互恵的な信頼に基づく「パートナーシップ」の関係を築こうよ、というのが本書の主張です。
私は、本書が提言している会社と個人の関係は、まさに「インターネット的」だと思っています。信頼に基づき、会社と個人が互恵的で「フラット」な関係を結ぼうというコンセプト。今の経営者や社員も「卒業」した元社員も同じ信頼関係で網の目のように「リンク」し合う。そのネットワークの中で、社内外からの情報、任務の目標、個人の価値観や「なりたい姿」を「シェア」する。
こうした会社と個人の関係は、かつては社会の価値観に合致したものだったのでしょう。でも今は、インターネットの中では、ひとりの生活者もグローバルな大企業も、ツイッターやフェイスブックの同じ一アカウントです。画面上では、大企業もフォローし合っている友だちと同じ大きさで表示され、同じ手軽さでコミュニケーションが取れます。生活者としての個人にとって、企業との関係は「インターネット的」であることが当然になりつつあります。これが働く人としての個人と企業との関係に影響を及ぼさないはずがありません。本書に示された「アライアンス」関係は、これからの社会の価値観に合った雇用モデルです。
一般的には「信頼関係」は「組織」と親和性が高いけれど、「市場」はただの「取り引き」だけで冷たいイメージがあるかもしれません。つまり、社内の人間は「信頼」しやすいけれど、社外の人材とは「取り引き」をする関係で、「信頼関係」は結びにくい。
今日、真剣に雇用を保証しようなどという企業はほとんど存在しない。そんな約束をする企業は、雇われる側からも、世間知らずか不誠実か、もしくはその両方だと思われてしまう。会社はそんな約束はしない。そのうえ、どれだけの期間あなたに勤めてほしいのか、という点についてはあいまいな言い方しかしない。会社の本音は「優れた」社員だけに残ってほしいのだ。どれほど長くいてほしいのかといえば……「いつまでも」だ。 実は、この「あいまいさ」こそが信頼関係を壊している。このような企業は社員側に忠誠を求めながら、会社側は何も約束しないというのだから。
雇用主の会社、上司となるマネジャー、雇用される社員。三者とも新たな関係構築の枠組みを必要としている。実際に守れる約束を土台にした関係が築けるように——。その枠組みを示すことこそ、本書の狙いである。そのような枠組みがあれば、会社を成功させ、社員に素晴らしいキャリアを提供するために大いに役立つと確信している。
この時代、キャリアというのは結婚と同じくらい恒久不変のものだと見なされていた。雇用主と社員は互いに誓いを交わすのだ。苦しい時も楽しい時も、好況も不況も乗り越え、定年退職が両者を分かつまで——と。ホワイトカラーにとって、キャリアを積むのはエスカレーターに乗るようなものだった。きちんとルールを守っていれば、確実に昇進できた。雇用する側もされる側も雇用関係が恒久不変だと思っていたから、双方ともその雇用関係のために、そして相手のために喜んで時間とエネルギーを投入した。
比較的安定していた時代に最適だった終身雇用という伝統的な雇用モデルは、現在のネットワーク時代には硬直的すぎる。
アライアンスの関係は、雇用主と社員が「どのような価値を相手にもたらすか」に基づいてつくられる。雇用主は社員に向かってこう明示する必要がある。「当社の価値向上に力を貸してほしい。当社も『あなた』の価値を向上させよう」——。ベイン・アンド・カンパニーのチーフ・タレント・オフィサー、ラス・ハーゲイも、新入社員や社内のコンサルタントに向けて同じことをいっている。「我が社は君たちの(一般的な労働市場での)市場価値をさらに高めるつもりだ」
たとえば、せっかく大金を投じて社内研修や人材開発プログラムを実施しても、その数カ月後には受講者が会社を辞めていく姿を見て、人事部長や経営幹部の多くは歯ぎしりをする。自社の社員をフリーエージェントと見なすなら、研修予算を大幅にカットするのが自然な対応だ。なぜ、わざわざ競合の採用予定者を研修する必要があるのか。だが、アライアンスなら違ってくる。マネジャーは部下の社員に対し、会社がその社員にどのような投資をするつもりか、そしてかわりに何を求めるのか、オープンに誠実に伝えることができる。社員の側は、自分がどんな成長をしたいのか(スキルか経験か、など)、そのかわりに努力と献身を通して、会社にどんなメリットをもたらそうと思っているか、オープンに誠実に語れるようになる。両者とも自分の期待値をはっきりと相手に示すのだ。
プロのスポーツチームは終身雇用を前提としていないにもかかわらず、相互信頼と相互投資、そして互恵の原則が機能している。個人の栄光よりもチームの勝利を優先するほどメンバー同士の信頼が強い時、チームは勝つ。逆説的だが、そのようにしてチームとして勝つことが、メンバーの個人的成功にとっても最短の道になる。常勝チームのメンバーは他チームから引っぱりだこになるが、それは彼らがスキルを発揮することに加えて、新しいチームでも「勝つためのカルチャー」を築くことができるからなのだ。
もちろん、多くの業界ではシリコンバレーとは違った力学が働くし、既存の大企業がスタートアップ企業のやり方をそのまま真似るべきケースはあまりないだろう。ここで大事なのは、シリコンバレー流から「どの部分」を学び、一般にも適用したらよいかを見極めることだ。主流メディアはシリコンバレーというと、見かけは派手だが些末なことを取り上げがちだ。社員食堂の四つ星料理や気晴らし用の卓上サッカー・ゲームのおかげでシリコンバレーが成功しているかのような扱いはいただけない。ストック・オプションの効用に関する論説ですら、フェラーリの性能を真っ赤な外装のおかげとするようなものだ。
ない。まさに、インテュイットのCEOブラッド・スミスが我々に語ったように、「リーダーの仕事は人々に力を植えつけることではない。それはすでに人々の中にある。そこに気づき、その力が芽生え、育つ環境を整えるのがリーダーの仕事」なのだ。
最終目標も価値観も会社とは違うであろう起業家タイプの社員と、どのようにして関係を築くのか?
それでも「ツアー・オブ・デューティ」という比喩的な表現を使うのは、軍と民間企業のいずれのコミットメント期間にも共通する重要なコンセプトを伝えることができるからだ。それは「 ミッションを期限内に成し遂げることに専念し、そこに個人の信用をかけている」という考え方だ。
本書が扱う「アライアンス」の文脈で使われる時、この「コミットメント期間」は特定のミッションに対する会社と社員の道義的責任を具現化したものを意味する。これは、終身雇用とフリーエージェントの両方のメリットを取り入れる方法だ。会社と社員は終身雇用と同じように信頼関係を築き、長期的な関係に互いに投資することができるようになる。フリーエージェントと同様の柔軟性も維持でき、会社も社員も急速に変化する世界に適応していける。
このやり方なら、雇う側と雇われる側双方の負担が軽減できる。信頼が少しずつ蓄積していくからだ。ふつうの人間関係と同じように、最初は小さな約束をするところから始め、双方が約束を守ることを繰り返すことで関係が深まっていく。あらゆる有意義な関係はそのようにして築かれる。「アライアンス」が小さな約束の積み重ねでできているとすれば、「コミットメント期間」は約束の設計手法といってもいい。
たとえば、リード・ホフマンはリンクトインの創業当初、才能ある社員にストレートにもちかけた。相手が二〜四年のコミットメント期間に参加し、リンクトインの事業に大きな貢献をしてくれたら、ホフマンおよび同社は、彼らのキャリアアップに力を貸そう——そのキャリアアップが、リンクトイン社内における次のコミットメント期間になることを望みつつ——という条件である。
本書執筆のために話をしたマネジャーの中には、コミットメント期間という枠組みが社員の離職を「あらかじめ許す」ことにならないかと心配する向きもいた。だが、離職は会社側が許す・許さないと決められるものではない。そのような権限が会社にあると思うのはただの自己欺瞞であり、社員との間に不誠実な関係を生み出すことにつながる。本当は、社員が転職するのに会社の許可はいらない。会社にその権限があると主張してみたところで、彼らは会社に隠れて転職活動するだけのことだ。
です。この点で会社と社員が同じ利益を共有しているということ。それが、私のマネジメント流儀で最も大切にしていることであり、部下に対する私個人の約束といっていいでしょうね」
別のリンクトインの幹部で、エンジニア担当シニア・バイスプレジデントのケビン・スコットは、誠実さの重要性をさらに明確に体現している。すべての部下にこう尋ねるのだ。「リンクトインを辞めた後は、どんな仕事をしたいの?」——。リンクトインの採用面接を受けにきた人たちにも同じ質問をする(「リンクトインで働いたら、その次はどんな仕事がしたい?」)。彼らの後々のキャリアに役立つようなコミットメント期間を確実にリンクトインで提供するためだ。
変革型コミットメント期間が最終段階に入った社員を、引き続きあなたの会社に留めておきたいという場合、早めに次のコミットメント期間について話し合いを始めるといい。ローテーション型と比べると、変革型のほうが将来を見据えた関係という色あいが濃い。そのため、前提として、社員もマネジャーも初めから長期的な視野に基づく人的投資を望んでおり、次の変革型コミットメント期間を見定めたいという期待がある。
変革型コミットメント期間に真剣に取り組めば、社員は何かしらインパクトのある成果を上げられる。これを、インテュイットのCEOブラッド・スミスは、次のように説明する。「(コミットメント期間の)一年目で、目的を果たすのに重要な背景事情が理解できるようになる。二年目は、変革を実現し、自分のやった仕事だとはっきり示すための時期だ。三年目から五年目にかけては、自分の生み出した変革を根づかせ、発展させていく時期。もしくは、期待どおりに物事が進まなかった場合は、方向転換をするための時期だ」。グーグルの会長エリック・シュミットも、コミットメント期間は五年と決めるのが好ましいと我々に語った。まず二年ほど学び、次の二年で成果を上げ、一年かけて移行準備をする、というわけだ。会社と社員とのパートナー関係が強固になるにつれ、次の変革型コミットメント期間の年数は伸び、標準的な二〜五年を超えることもある。
金融サービス業の社員は、時に自分が成長していないと感じることがあります。キャリア開発とは出世の階段を上ることだと思っているからです。
理想をいえば、企業の幹部は大半が基盤型コミットメント期間であるのが望ましい。アップルやアマゾン、グーグルなど適応力の高いお手本のような企業を見ると、CEO直下の幹部の在任期間は平均して一〇年を超える。チームとして長い年月を一緒に働くと、共通基盤として同じ経験を共有することになり、より迅速なコミュニケーションと意思決定が可能になる。
とはいえ、基盤型コミットメント期間は上級幹部層に限定するものではない。組織階層のどこにいようとも、基盤型の社員は会社に継続性と組織的記憶をもたらす。その会社の流儀を守り伝え、知識面でも情緒面でも組織の基盤となる。たとえば、彼らは品質に関して強い誇りを持ち、細心の注意を払う。会社のことが他人事ではなく「自分事」になるような意識を持つからだ。世にいうように、レンタカーを洗車する人はいない。基盤型の社員は、短期的な財務目標を達成するために会社が詰めるべきところを手抜きするのを決して許さないだろう。
ローテーション型は会社に「 規模拡大」をもたらす。新たに大勢の社員を雇って、職務内容が安定した、誰もがよく知る仕事に就かせることができるからだ。ローテーション型は標準化されているため、採用も実施もしやすい。特に大規模に行いたい時には効果的だ。 変革型は「 適応力」を与えてくれる。会社が、新たな必要スキルと経験を得る一助となるからだ。伸び盛りの業界は競争が激しく、技術の変化は急速で、人材争奪戦も激しいのがふつうだ。こうした業界で成功するには「創業者マインド」が不可欠であり、それはつまり、会社が変革型の社員を高い比率で雇わなければならないことを意味する。 基盤型は会社に「 継続性」をもたらす。長期的目標を見据えた社員が会社にい続ける仕組みになるからだ。経営幹部チームは全員が基盤型であるべきだ。
夏休みのインターンと上級幹部では、コミットメント期間の基本方針を練る時間のかけ方は違うかもしれないが、アライアンスの基本原則は同じだ。その原則とは、すべての雇用関係は本質的に双方向で、社員の得るメリットと会社の得るメリットを互いに明確にする、ということだ。
- メリットの大小という天秤の問題ではなく、明確にするという解像度のmonndi
自分が会社を改善できそうな見込みが
- かkakai会社側が社員に自らを変えてくれと望むステージ
その社員が転職の可能性も探りたいと考えていた場合でも、信頼関係が築けていれば、今の会社に「優先対話権」を与えてくれるだろう。
- 会社ができるのはここまでとも言える
このように、一つのコミットメント期間から次のコミットメント期間へと計画的に移行するのは、ビルや橋の建設に使うエクスパンション・ジョイント(伸縮する継ぎ目)に似ている。どちらも固定的な関係を無理に維持しようとする負荷によって壊れることのないよう、必要に応じて二者の関係がしなるようにするものだ。
これはジョブ・ホッパー(次々と転職を繰り返す人)の態度ではない。プロとして成長と挑戦に繰り返し取り組んできたハイ・パフォーマーの姿勢だ。
継続性がどれほど大事であるかは、会社や業界を取り巻く力学によって異なるだろう。たとえば、ボーイングは数千人のエンジニアを雇うが、同社は一人のエンジニアが十分な生産性を発揮できるようになるまで一〇年の養成期間が必要だと見込んでいる。裏を返せば、一〇年かけてドリームライナーの製造方法を学んだエンジニアが身につけた一連のスキルは、ボーイングにとっては非常に価値があるものの、他の雇用主にとってはそれほど価値がない。このような訓練とスキルの持つ価値を成果に結びつけるには、ボーイングと個々のエンジニアが長期にわたりコミットし合わなければならない。それは要するに基盤型コミットメント期間のことだ。コミットメント期間という枠組みの主眼は、期間の長短にかかわらず、信頼が強く誠実な対話を可能にし、その結果、雇用する側もされる側も賢い投資ができるようになることだ。
こうして、ベンチャーキャピタリストになるというコーラーの最終目標は、リンクトインの中では実現しないことがわかっているにもかかわらず、彼とホフマンはお互いの展望と利害を、期間限定で一致させることができたのである。
目指すべきは、会社と個人の目標をあらゆる面で完璧に一致させることではない。ある期間、一定の条件のもとでのみ、自然な形で両者をそろえる「 整合性」を目指そう。
すべてに整合性を求めなくていい。アライアンスを長続きさせるのに、必要十分な整合性を実現するだけでよい。
会社と社員の価値観と将来の展望の整合性を取るのは難しい作業だ。だが、コミットメント期間を導入すれば、整合性が必要となるのは特定の任務が終了するまでの限られた期間となり、整合性にまつわる諸問題を解決可能なレベルにまで限定できる。
必要なのは、社員のコミットメント期間における目標と一致するよう整合性を構築することだ。なにも社員の「人生の目標や価値観」とまでも一致させる必要はない。前にも述べたが、会社は家族ではない。社員の価値観と将来展望は尊重すべきだが、無条件に支援する義務はないのだ。
さて、こうした各社の価値観の中身はここでの議論にそれほど重要ではない。大切なのは、会社の価値観が存在すること、そして、幹部やマネジャーがその価値観をはっきり言葉で説明できること、である。その目的は社員が自身の個人的価値観を会社やチームの価値観と比較できるようにする点にある。あなたが経営幹部チームの一員でなくとも、自分が率いるグループや事業部のために目指す姿と価値観を打ち立ててもいい。
自分のキャリアに関する目標や価値観については、人によって具体性のレベルがバラバラだと思っておくといい。少数だが自分が人生に望むことを正確に把握している人もいる。それはいいケースだ。こうした人たちとの会話は比較的簡単だ。 そうでない人は、目標やありたい姿といっても漠としたものしかない。たいていは、何かの分野で「向上」を目指すといった程度だ。だが、それでかまわない。具体的なコミットメント期間について上司と話し合う中で、そのコミットメント期間における本人の「向上」が何を指すのか、上司の助けを借りて明らかにすればいい。完璧に正確な答えにこだわってはいけない。
自分の価値観をはっきり言葉にするのに苦労するような社員が相手の場合、間違いのない方法が一つある。これはキャリア・エンゲージメント・グループのアン・フルトンに教えてもらった方法で、そのような相手との対話が一気に進む。まず最初に、その人が尊敬する人物の名前を三人書き出してもらう。次に、それぞれの名前の横にその人物について尊敬できる点を三つ書き出してもらう(合計で九つ)。最後に、その九つを、大切に思う順に一番から九番までランクづけしてもらう。これで、その人の個人的な価値観のリストができあがる。あとはそれを会社の価値観と比較検討すればいい(著者三人がこの方法を試した結果は付録Bを参照)。
コミットメント期間が成功すれば、会社だけでなく社員自身にも大きな変化をもたらす。大きな変化とは、たとえば、新しい知識とスキルを身につけたり、技術や特定分野、マネジメントの経験を得てキャリアを向上させたり、際立った実績を残すことで社内外で個人ブランドを構築する、といったことかもしれない。通常、ここでいう「成功」に社内での昇進は含まれない。
コミットメント期間を導入すると、従来型の年次ベースの業績評価はほとんど無意味になる。カレンダーではなくコミットメント目標がコミットメント期間を規定するからだ。
コミットメント期間が終了する相当前の時点から、そのコミットメント期間終了後に本人がどうしたいのかを話し合う時間を設ける。前もってこの話し合いをしておくことで、コミットメント期間完了にまつわる不確実性を排除できるし、その社員(とその上司)に次の任務が楽しみだと思ってもらうこともできる。
- たりないのはこれだせだい
次のコミットメント期間を会社から提案されたら、それを真剣に検討することも、現在のコミットメント期間中の任務の一つだ。次のコミットメント期間で、現在の任務の続きを担うことになれば、双方にとっていろいろな面で理想的だ。会社側も社員側も過去の投資を活かすことができる。新製品の立ち上げを成功させた社員がコミットメント期間の継続を決めれば、本人もその製品を育て拡大していく手法を学べるし、会社側も立ち上げ時の成功を活かすことができる。新しい責任者に過去の経緯をすべて理解してもらう時間と手間をかけなくてすむ。
新しいコミットメント期間に取りかかる前に、その社員は現在のプロジェクトを引き継ぐ後継者を見つけ、育成すべきだ。その社員よりも後継者のほうが、プロジェクトを次のフェーズに進めるのに適任なこともある。後継者への道筋をつけることは、その社員にとってもよい区切りになり、満足感が生まれる。人生の何年かで責任を持った自分の製品やプロジェクト、構想などが、コミットメント期間終了後も、信頼できる人の手にバトンタッチできるとわかるからだ。
優秀な部下が会社を去るという結論を喜べとはいわないが、それでも隠れて転職を決められるより計画的な退職のほうがましだ。
社員から信頼されて、マネジャーは転職の可能性について他社よりも先に話し合える「 優先対話権」を得る。
コミットメント期間は契約ではない。フリーエージェントや雇用関係を取引と見なす考え方では、法律や契約に重きを置くが、アライアンスは違う。中心にあるのは道義であって、法律ではない。そしてコミットメント期間も、公式な契約ではない。大切な関係を尊重し守るための、自発的な合意だ。
同様に、社員のコミットメント期間にあるプロジェクトを会社の都合により再編・中止せざるを得ない場合、当初約束していた仕事上の目標と個人的成長の目標に向けての本人の歩みに支障をきたさないよう、会社は全力を挙げて取り組まなければならない。
コミットメント期間の途中で上司が替わったからといって、合意済みの約束事を白紙に戻すのはその社員から見て不当だ。一方、新しい上司にとっても、前の上司が立てた計画に縛られるのもまた不当だろう。この場合、前任者を尊重しつつ移行するのが、正しいやり方だ。まず最初は、新しい上司もそれまでのコミットメント期間を継続するつもりで始めるべきだ。その後、コミットメント目標を変更しなければならないと上司が考えた場合には、そうする自由があると理解しておこう。ただし、部下が上手に着地できるよう導く、という道義的義務は変えてはいけない。コミットメント期間の内容について、マネジャーと部下の暗黙の了解とせず、文章に書き記しておくことが非常に大切である理由が、ここでわかってもらえたのではないだろうか。
とはいえ、成果が不十分な時も、アライアンスは「取引」でなく「関係」であることを忘れてはならない。一時的な好不調の波は必ず起きるが、双方ともに目先の乱高下に反射的な反応をせず、長期的な視点を保つべきである。一回の試合で不調だからといってプロ野球選手が切り捨てられることは決してない。でも、その選手が一カ月間もスランプ状態にあれば、チームが彼をトレードしたりクビにしたりする可能性は十分にある。
この対話は共同作業だ。上司と部下の双方が準備万端で臨めばお互いに得るところが大きい。上司だけが準備を整え、部下はぶっつけ本番で対応するような話し合いであってはならない。部下が本人の考えと提案を事前に準備できるよう、十分な時間を取ろう。
コミットメント期間という枠組みの狙いは、目標と期限に関するあいまいさを排除し、話をなるべく具体的にする点にある。
多くの企業、とりわけ上場企業は、社員がうっかり機密を漏らさないよう防御に貴重なエネルギーを割いている。「近く市場投入する製品について話さないように」「企業戦略について話さないように」「企業として現在何に取り組んでいるか誰かに聞かれた場合、話していいか広報部に確認するように」——。このような守りの姿勢の前提となるのは、「どうせ社員には『非公開』と『機密』の違いが理解できない」という認識だ。
ビジネスの世界では、非公開情報を全部いっしょくたにして一つのカテゴリーに押し込めることが非常に多い。これはおそらく金融の世界で「公開情報」と「インサイダー情報」との間に厳しい線引きがなされるせいだろう。しかし金融取引や金融市場を除く世界では、非公開情報は、性質のまったく異なる二つの種類に分けることができる。 たとえばクリス・イェは、ビジネス・ソフトのサース(SaaS/Software-as-a-Service)の価格設定に関して起業家からよく助言を求められる。PBワークスや他のスタートアップ企業で、自ら采配を振るって価格体系を刷新し、収益増を実現した経験があるからだ。たとえばPBワークスでは、一〇〇ドル未満だった某顧客からの売上げを四年間で一〇〇万ドル近くにまで増やし、同社最大の大口顧客に育てることができた。彼は非公開の「隠れた」データをもとに価格設定の助言をする。とはいえ、顧客や将来計画に関する具体的な機密は何一つ漏らさない。そのような機密情報に高い価値を見出すであろう人々は間違いなく存在するが、それを漏らすのは明らかに不適切だ。ここで重要なのは、社員が機密情報を一切漏らすことなく、自分のネットワークで情報交換できるという事実だ。
企業「卒業生」ネットワークの大多数は、その企業と完全に無関係に運営されている。オランダのトゥウェンテ大学が行った調査によれば、会社として公式に「卒業生」ネットワークを運営しているのは、調査対象企業のわずか一五%にすぎなかったにもかかわらず、元社員が会社と無関係に非公式の「卒業生」グループを組織しているという企業は、六七%にものぼっ た。この点をよく考えてほしい。彼らはわざわざ個人のカネと時間を投入してこうしたネットワークを立ち上げるほど、繋がりを熱望しているのだ。
ベイン・アンド・カンパニーは、企業として「卒業生」対応の最先端を行くためにフルタイムの専属社員を九人充てている。そのうち六人は「ベイン・エグゼクティブ・ネットワーク」の専従で、これは、ベインの「卒業生」を同社の顧客やその他の企業に経営職として紹介したり、「卒業生」に一般的なキャリア・コンサルティングを行うサービスだ。
専門サービス企業と大学の共通点は、「卒業生」が収益増にダイレクトに貢献するので「卒業生」投資を正当化しやすいことだ。専門サービス企業の「卒業生」は、頻繁に新しい顧客を前の職場に紹介し、本人が企業幹部になると仕事を発注してくれる。大学の卒業生は大金を直接大学に寄付し、さらに大学スポーツのチケットや大学のロゴ入りの衣服を購入することで、間接的にも収益に貢献してくれる。
シェブロンは、さらに一歩進んだ「ブリッジズ・プログラム」を取り入れている。同社の元社員が登録し、シェブロンはそこから特定の業務委託契約を依頼する人材を見つける。元社員側はコンサルティングを行うチャンスが得られ、それがフルタイムの再雇用につながる可能性もある。シェブロン側にすれば、十分な能力を持ち、自社の社風に合うコンサルタント候補がプールできる。双方にとって明らかにウィンウィンの関係になっている。
さらに、きちんとした「卒業生」ネットワークが導入されているという事実そのものが、素晴らしい人材が内定を受諾する決め手になる。その企業でコミットメント期間を何回か経験した後、自分はどのように成長するのか、「卒業生」を見ればわかる。候補者は自分で想像をめぐらせなくても、その仕事が自分に合うかどうか、判断しやすい。たとえばマッキンゼーの「卒業生」たちは、数十億ドル規模の企業何百社ものトップに就いている。この事実だけで、同社に就職することのさまざまなメリットが一気に伝わる。マッキンゼーは採用プロセスの中で、候補者に「ご承知とは思いますが」と前置きしながらこの事実を伝えている。当然だ。
「卒業生」ネットワークにかかる費用は、全部ひっくるめても知れている。前述したように、大半のコンテンツはすでにあるものからの流用だし、採用候補者の推薦やネットワーク情報収集のお礼のためのプレゼント代なども、かわりに採用プロセスを外注したりコンサルタントや外部アナリストに依頼したりする費用と比べれば、最小限ですんでいる。
「卒業生」に常に会社の最新情報を知らせよう。彼らにも会社にもメリットが大きい。会社の現状を「卒業生」が的確に把握しているほど、彼らが提供してくれる知見や助力は実際に役立つものとなる。
また、会社に関する残念なニュースは、早く知らせたい。会社から直接知らされる前にマスコミ経由で知ってしまうと、「卒業生」にそれをもってアライアンスの信頼関係は終わったと思われてしまっても仕方がない。
およそ健全な関係というものは、まず「いかにして相手の役に立てるか」を考えるところから始まる。
ほとんどの企業には公式な「卒業生」ネットワークがないため、それを仕事に活かす経験をしたことのない社員が大半だ。まずは、ミーティングの中で職場の仲間に「卒業生」を売り込んでみよう。「そういえば、ウチの卒業生の さん、あの広告代理店で今一番の売れっ子デザイナーだよね。今の課題、相談してみようか」——。活躍している「卒業生」のリンクトイン・プロフィールを社内に共有し、これほどの「資産」を利用できるのだと認識してもらう手もある。
「終身雇用の時代」を振り返ってみると、終身雇用モデルにはネットワーク化の進んだ現代の環境に対応できるような柔軟性はなかったが、長期的視点に立ってものを考えることを促す効果があった。一九五〇年代から六〇年代にかけて、企業は未来を見据えた巨額の長期投資を行い、その結果開発された技術は情報化時代を牽引する原動力となった。 その後から現在まで続いている「フリーエージェント型の時代」は、我々を長期的視点の投資から遠ざけ、即効性だけを追求する近視眼的視点へと追い立てた。本論で述べたとおり、忠誠心を得られない企業は、長期的思考ができない企業である。長期的思考ができない企業は、将来に向けた投資のできない企業である。そして、明日のチャンスと技術に投資しない企業は、すでに死に向かっている企業なのだ。
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