『5000の事例から導き出した「人的資本経営大全」―日本企業最後の伸びしろ|田中弦』
# 5000の事例から導き出した「人的資本経営大全」: 日本企業最後の伸びしろ
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- Title: 5000の事例から導き出した「人的資本経営大全」: 日本企業最後の伸びしろ
- Author: 田中 弦
- Book URL: https://www.amazon.co.jp/dp/B0DPJRQQ43
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- Last Updated on: 2025年4月25日 金曜日
### Highlights & Notes
いわば、人材という発電機が発電したエネルギーを企業は「ただ使うだけ」という状況にあったのです。企業はシンプルに人材の「消費者」だったわけです。
それによると、じつに 73・7% もの人が「(人的資本経営は)人を大事にする経営と同義であり、何か新しいことを行う取り組みではない」と回答しています。
人的資本経営を考えるうえで、押さえておきたいポイントがあります。  それは「人的資本は個人の持ちものである」 という視点です。   個人が持つスキルやノウハウ、能力などは、あくまでもその人個人のものであり、企業のものではない ということです。  ここが、 これまでの「人を大切にする経営」と「人的資本経営」の本質的な違い と言えます。  従来の日本企業は、少なからずそれらを「会社のものである」と捉えてきました。  会社がスキルやノウハウ、能力獲得の機会を提供したのだから、当然、会社がコントロールできるものである、と。
一方で、会社側も、この状況に鈍感というわけではありません。  「われわれが身分を長期間にわたって保障してあげているのだから、社員はコントロールされて当然で、われわれの考えどおりにスキルを身につけさせ、異動させることができる」といった考えは、とうに通用しなくなっている。そう気づいている人も少なくないのです。  ですが、 従業員個人が持つスキルやノウハウ、能力は「会社のもの」という前提で、人事・教育制度がずるずる運用されてきました。
経営とは、「借りもののお金(=資本)」をもとに「企業の持ちものとなる財産(=資産)」を増やすこと、と言い換えることができます。
「いまは課題があるけど、将来はよくなります」という誠実なメッセージは、求職者などのステークホルダーに響きます。「採用された女性が活躍できる環境が、わが社にはあります」とただ漫然と書くより、断然、魅力的です。ミスマッチを防ぐ可能性も高いです。
これまで私は、お客さま数万人分のエンゲージメントサーベイを読んできました。  そこから見えてきた課題があります。   新卒 3 年目までと、役員陣など高位役職者のエンゲージメントスコアが高いことに比べ、中間管理職層のエンゲージメントスコアが明らかに低い という事態が、ほぼすべての会社で発生しているということです。  不思議なことに、 どんな業界でも、どんな職種でも、ほとんどの企業でこの傾向が見られました。
ちなみに、神鋼鋼線工業の開示のあり方は、リスク情報として「開示しすぎなのでは?」と感じた人もいらっしゃるかもしれません。  「わが社ではここまでは出せないよね」と。  たしかにそれは一見「リスク情報」のようにも見えます。  が、それとは反対に、 企業の将来的なストーリーとそのための意思決定を「しっかりとしたエビデンス」をもとに行っているというメッセージ として見ることもできます。むしろ、いまはこういった開示を好意的に受け取る人が増えています。  いまは、「何も開示しない」ことのほうがリスクになる かもしれません。
端的にいえば、それは、 ステークホルダーに対する企業からの「人に関する重要な約束の表明」 ということになります。  人事や人材育成の仕組みから、イノベーションが起こりやすい職場環境の整備まで、「人」に関する重要な事柄について「現在の状況は○○です。そして○年までに○○を○% 改善します」といったかたちでステークホルダーに「約束」として提示する のです。
先の「現場の悲鳴」のような声に対し、金融庁のこの回答はある種「ドライ」なもののように読めます。  が、それと同時に、私にはこれらのメッセージが、ある種の「柔軟さ」にも感じられました。  すなわち、金融庁は先の文言を通して「まず、やってみよう。そこからトライ・アンド・エラーも含めて実践し、全員で学び合おう」 といったメッセージも発しているのです。  人的資本開示については、まだ誰もが「手探り」の状況である。だから、そうせざるを得ない、ということです。
さらに、これは私の仮説ですが、このランキングの順位には、 非正規雇用者が多い業界か/少ない業界かということも影響している と見ています。  たとえば「サービス業」と「小売業」も、ランキングとしてはかなり低いですが、両者は非正規雇用が多い傾向にあります(図 4‐6 のグラフを参照のこと)。
得られたノウハウや知識をみなで共有し、組織学習を行い、
要するに、 身につけたスキルを活用してその社員が起こした「行動」によって得られた知恵やノウハウ──つまり個人の人的資本を、組織的人的資本に「転換」すべき だということです。  この「行動」と「転換」がたくさん起これば、企業の競争力は高まります。  「組織的人的資本」とはこのようなものです。
たとえば、大阪の町工場からグローバルナンバーワンの空調メーカーとなったダイキン工業。同社の井上礼之名誉会長は「取り巻く環境が変われば一度出した決断でも柔軟に変えられる企業風土」をつくると宣言しています。また、「一流の戦略と二流の実行力よりも、二流の戦略と一流の実行力」 のほうが大事だとも発言しています ★ 3。
あなたの会社で、人的資本経営の実現に向かって動き出すとします。  はじめに何から手をつけるべきか、話し合うところからスタートするでしょう。  多くの企業は、じつはここでつまずきます。  なぜなら、「人的資本経営」について議論をするといっても、テーマが大きすぎるため、話が散らかりがちになる からです。ある人が人事制度そのものの話をしているのに、それが突然のパーパス共感度の話になったり、早期退職制度の話になったり……。  一体全体どの話をしているのか、何から手をつけたらいいのか会議参加者もわからなくなってしまう……。  これを防ぐために、 人的資本経営の全体像を見渡せる〝地図〟が必要 だと考えて制作したのが、「人的資本経営フレームワーク・バージョン 1(田中弦モデル)」 です(ここでは「バージョン 1」としていますが、あとで改良版「バージョン 2」が出てきます)。
また、この作業を最初に「誰が」担うのか、ということをよく質問されます。  これは企業によってケース・バイ・ケースです。  経営陣のみから始めることもあれば、人事、経営企画、 IR などを参加させた混成チームから始めることもあります。
そもそも、株主は企業のどんなところに注目しているのでしょうか。  業績はもちろんですよね。そのうえで、業績を支える組織の「現状」も知りたい情報のひとつだということは案外忘れられがちです。  もっといえば、彼らはただたんに「現状」を知りたいのではありません。より強い関心を抱いているのは、「今後、その企業がどのように変化(成長)するか」 という点です。
株主はそういった、いわば「課題の解決による価値創造ストーリー」 を知りたがっているのです。  ところが、統合報告書や有価証券報告書にどんな情報が出ているかというと、多くは「わが社は最高である!」という現状報告や「自慢ストーリー」です。
あくまでも求めているのは「現状」の自慢ではなく「変化」の可能性 なのです。
つまり、 経営戦略と人事戦略が分離していて、人事戦略がフワッとした制度・施策紹介で終わってしまっている のです。
このズレが発生する要因のひとつに、「組織のサイロ化」 があります。  統合報告書などを制作する部署が複数にまたがっていて、それらの部署間で連携がうまく取れていないのです。  報告書の冒頭は「広報部」がとりまとめつつ、数字は「 IR 部」や「経営企画部」が、そして事業ごとの戦略は各事業部が、人事戦略は「人事部」が担当する、といった分業がよくあります。  そして、それらの部署が互いに整合性を図り切れていないということが起こるのです。
これでは、 統合報告書の開示によって社長が「裸の王さま」化されてしまいます。
そうしたら、次にすべきは、とくに人的資本にかかわる課題について、その解像度をグッと上げていくことを目指すこと。そして、具体策や指標・目標の策定につなげていきます。
口コミサイトの情報は「ある程度」のズレの可視化に役立つだけだという点を忘れないでほしいのです。  それをそのまま「正確で本質的な根拠」として扱ってはいけません。
次世代経営人材を中心にする理由は、この層が経営と現場の両面のリアリティをもっとも感じている層だからです。
重要なポイントは、「理想」と「実態」のギャップをもとに、その差分である課題を特定しながら、同時に課題の「要因」をも探っていくという設問の意図です。
また、社内で起こっているどのような事象からその差分が「ある」と判断されましたか。
しかし、 B と C があることで、回答者は課題を「自分ゴト化」して考えるようになり、建設的な意見を述べるようになります。
同社の統合報告書では「サクセッションプラン(次世代経営者育成プラン)への充実した取り組み」について言及がなされていました。  実際、実施もされていました。  ところが、そのサクセッションプランの次の候補者がたくさん存在するであろう中間管理職は、社内では「誰もなりたがらない大変なもの」として若手層に認識されていたのです。
多数の施策のなかでも最優先にすべきは、大胆に、空気をガラリと変えるような施策 です。それくらいインパクトのある打ち手を打たなければ、組織はそうそう変わりません。  「黄金の 3 割理論」については先述しましたが、 目安にしたいのは 3 割の社員が参加できるような打ち手 です。
要するに、 KPI は日々の業務パフォーマンスを測定するために、 KGI は最終目標の達成を評価するために使われる ものだということです。
KPI は 成長や改善の「プロセス」を定量化する指標 です。  プロセスの判断軸なので、進捗状況の変化などに応じてその都度、内容を入れ替えても構いません。折々の現状に最適な KPI がほかにあるなら、積極的に入れ替えてください。  この意味でいえば、 KPI は常に暫定的なもの であり、よりよい指標があればいつでもそちらにアップデートすべきものであると言えます。
以前から、投資家や株主などのステークホルダーに「変化」を伝えることが大事だと語ってきましたが、そのためには、 KGI より変化しやすい KPI を前面に出すほうがいい でしょう。  くり返しになりますが、彼らは「現状」よりも「変化」に注目している からです。
先のエーザイや神鋼鋼線工業の事例でも感じられたかもしれませんが、こういった課題の世間的な公表は 誠実さの表現 になります。課題は経営の「弱み」と見られることもありますが、 人的資本開示においては基本的に「伸びしろを示す」 ことになります。
私は「人的資本経営」というテーマを〝人事マター〟から〝経営マター〟にしたい と思っていました。  人的資本経営といっても、これまでは人事の施策を広報するばかり。それが「経営ごととして注目されるようになった」というのは目論見どおりです。  経営者が乗り気にならなければ人的資本経営は実行できませんから、それが〝経営アジェンダ〟 になって、しかも〝人事アジェンダ〟 とリンクしはじめたのは大きい。
よくあるのが、「現在の姿( As is)」と「目指すべき姿( To be)」のギャップを定量的に把握する必要があるのに、それをしない、あるいは「 To be」を描けても、なぜその理想を目指すのかという目的がハッキリしないパターンです。
一般的に「手挙げ」を「手を挙げた人にすぐやらせる」と捉えている人も多いですが、それはいい方法とはいえません。それは「規律」が足りていない のです。
私が人的資本経営を考えるうえで大切にしているのは、「人って誰ですか?」という問い です。   投資すべき人を社内で見つける こと。 みなに広く投資するというより、誰が次のリーダーになり得るのかを見極めて、その人に徹底的に投資していくことが必要 だと思います。  「エンゲージメントスコア」をとるなら、伸ばそうと思っている部署や個人のエンゲージメントにとくに注力し、権限を渡していってほしい。  公平性を尊ぶ文化のなかでそれをやるのは大変ですが、投資した人たちがこれからの会社を救ってくれるなら、安い投資じゃないですか。  これは えこひいきではなく、戦略 です。  こういった発想の転換が必要だと思います。
産業マクロ的にいえば「いいとき」も「悪いとき」も当然ある。けれど、海にたゆたう木の葉みたいに、その浮沈に身を任せていればいい──そんな発想をベースにした企業から出る業績が、業績 β です。僕から言わせてもらえば、そんなものは「経営」とは呼ばない。たんに「運行」しているだけの企業です。  一方で、なかには、他社がやっていないこと、なかなかやり切れないことを、マクロとは異なる判断の末に決断し、断行している企業もあります。そこに挑むことで生まれるのが業績 α です。それが株価 α に結びついていく。ぼくはこれこそが「経営」だと言いたい。
それこそ、田中さんが提示している「人的資本経営フレームワーク(田中弦モデル)」が物差しになります。  あれをくだいていえば、「あなたの会社にはやりたいことがあるんでしょ。でも理想と現実の間のギャップがこうなっている。理想に到達するためには人的ポートフォリオがこう変わって、人的資本がこうした構成にならないといけないから、いまそこに至るためにこういう活動をしています。その結果、こういったアウトプットが出てきていて、それをこの KPI を設定して計測しています。このように進めていけば、やりたかったことが達成できるんです、といった情報を示しなさい」という話ですよね。  これは、投資家が求めている情報を完璧に捉えていると思う。
会社などの組織の構成員は、ある面から見れば「一様」で、ある面から見れば「多様」です。個性がありつつ、社内人材としての共通性もある。   これまでは、企業をうまく成長させるために「一様性」を強調してきた と思います。人材もそう鍛えてきました。そういう人材が「ブロック塀」のように固まって堅牢な組織をつくっていたのです。
個人的には、 暗黙知が多い会社は変革を起こすのが難しい と考えています。 篠田  たとえば、意思決定のプロセスは可視化されているけど、実質的に決定しているのは〝この人〟だよね、といった暗黙知ですよね。 田中  そう。「わかるよな?」「はい」というように、言語化はされない知恵がたくさん存在するような世界です。 篠田  それって、ある種、効率的ではあるんです。  「あの人に言っておくから」で、実質話が通ってしまうコミュニケーションは、新卒一括採用で入ってきた社員がその会社にずっと勤めています、という会社ではとくに通用する。途中の人材の出入りもほぼなく、業務環境が変わらない職場です。  しかし、その「暗黙知」が置かれている状況も変わってきています。  いまの若者は、「人間は多様である」「自分の資質にフィットした仕事に出会えることがよいことだ」と学校で教わって社会に出てきています。ライフプランを自分で考える必要性も教わっており、職業が変わることも当然だと思っています。  そんな価値観を持つ人たちが、これからもっと職場に増えていく。  すると、「 20 年かけて暗黙知で習熟していく」というスタイル自体が「合いません」という人が増加します。これは、どの業界にも起きていることでしょう。  そういう市場環境の変化に影響されやすい業界は、経営をかなり変えています。
もうひとつは、 離職に対する会社の認知の問題 です。  若手がどんどん離職していく。それは、「新しい機会を求めてほかの会社に移ることが当たり前」という「世代」的な変化の問題なのですが、その 離職を「個人」の問題だと誤認しているケースがあります。つまり、「構造的な課題である」という認識が持てないでいる んですね。これもまずいです。  いまは健康寿命が延びて、人生 100 年時代と言われている。なのに、ひとつの会社にいつづけるのって、逆にそのほうが無理な気がしますよね。  そもそも、そんなに長く続く事業があまり存在しないし、同じ事業にコミットできるものでもないですから。
カルチャーが劣化してしまう要因は、経営と現場の距離の遠さにあるのでしょうか。 遠藤  それもありますが、一番はやはり「圧」です。  当然ですが、ビジネスのうえで、圧が必要な場合もあります。  しかし、「過剰な圧」「不適切な圧」なら、話は違います。昭和の時代も、圧を糧にしてがんばってきた側面はありますが、現代の組織では耐えきれない部分が出てきています。 田中  企業が成長できていない中で、圧が強まっているのでしょうか。 遠藤  非常に強まっていますね。一方で、「熱」はすごく大事です。圧ではなく、熱です。  経営者が熱くビジョンやつくりたい会社の未来を語り、熱を伝える。熱と圧が一体になっていると、組織は傷まないんです。  ところが、ほとんどの企業は、熱が冷めて圧だけが残ってしまうのです。
問題は、組織の階層構造的に、経営の「熱」は現場に行けば行くほど下がる傾向があるのに対し、「圧」は現場に行くほど強まる点です。  じつは、 現場ほど、「熱」を感じにくく、でも「圧」は感じやすい んです。  だから、「数字が上がらなくてどうする! なんとかしろ!」と経営が言って、それが現場に降りてくると、現場は「何とかしなきゃ。でも、こんなレポートは上にあげられない。なら、ごまかそう」ということになる。責任感が曲がったかたちで表出してしまうのです。  そういうときこそ、経営者は現場に行かないといけません。「一緒に解決しよう」と声をかけ、熱を持って接することが大事 です。
私がいつも主張していることは、「小さなロジックではなく大きなロジックで考えて動く」 ということです。  「カルチャーを変えて成長できる組織をつくる」という大きなロジックで考えれば、効果がないわけがないのです。それに対し、「短期的なコスト」ではなく「長期的な投資」であると考える機運を、もっと高めていかなければいけないと感じています。  おそらく、 みな、財務にばかり目がいっている んだと思います。  でも、いま 大切なのは非財務 です。  いまの経営は、非財務、つまり カルチャーや人的資本をよくするから財務もよくなるという筋を押さえないと、うまくいかない のではないでしょうか。
逆説的なことを言うようですが、経営者がカルチャーを変えることはできません。そう考えたほうがいいと思います。  もちろん、カルチャー変革の旗を振る役目は重要です。しかし、カルチャー変革は「現場から、現場が、変えていく」というムーブメントにしなければ、まず失敗します。  経営者はその観点を軸にして、他方で仕組みをつくり、しかけを講じていくことに専念する。そうあってほしいと考えています。
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