『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ|ウェンディ・スミス、マリアンヌ・ルイス』
両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ
Highlights & Notes
私は、勇気と心理的安全性を、同じ1枚の尊いコインの表裏と考えている。心理的安全性は、対人リスクを下げる環境について説明している。一方、リスクを取らなければならない個人には勇気が必要だ。なぜなら、自分の行動や発言が好意的に受け止められるか否かをあらかじめ完全に知ることは不可能だからである。
緊張関係 こそが私たちを人間らしくしている。そして、 緊張関係 は人と人とをつなげるために役立つ。
感じる。「 緊張関係」は、表出しているジレンマと背後にあるパラドックスの両方を表す包括的な用語である。
緊張関係 は善でも悪でもない。創造力をかき立て、サステナビリティを推進することもあれば、自己防衛機能や破壊につながることもある。
・パラドックスは、表出しているジレンマに隠れている、相互に依存しながら持続する矛盾である。ジレンマを詳しく検討し、より深いレベルで選択肢を探索すると、相反する力が潮の満ち引きのような循環の中にとらわれているのが見つかる。パラドックスは、矛盾を統合しているので一見して不条理に思える。しかし、さらに徹底的に調べると、競合する要求の包括的なシナジーを実現するロジックが明るみに出る場合がある。
緊張関係 は私たちを相反する方向に引っ張る。そうすると、不快感と不安が生じる。私たちはこうした 緊張関係 を、二者択一的な選択肢のあいだのジレンマと考え、いずれかを選びたい衝動に駆られる。しかし、ジレンマの背後にあるパラドックスは、単に対立しているわけではなく、相互に依存してもいる。パラドックスの対立する力は、互いを定義し補強する。
対立しながらも相互に依存する関係はなくならない。永遠に持続する。自己と他者、過去と未来、安定と変化のあいだで対立する力に何度直面しても、同様の 緊張関係 は再び出現する。表出しているジレンマの細かい点は異なっても、背後にあるパラドックスは変わらない。
われわれは、コンフリクトは悪であるとして非難するのでなく、逆にコンフリクトをしてわれわれのためになるように働かせるべきである。
また、同じ問題が二度と発生しないと考えた場合は、一度きりのわかりやすい選択をすることもあるだろう。
ここで、ジレンマについての考え方を変えることをご提案したい。複数の排他的な選択肢から選ぶのではなく、ジレンマの背後に隠れているパラドックスを表面化させ、パラドックスは解決できないということを受け入れることから始めるとどうなるだろうか。パラドックスの複数の極に向き合う問いを、「どれを選ぶべきか」から「両立するにはどうすればよいか」に変えるとどうなるだろうか。どうしたら、競合する要求を同時に抱え続けることができるだろうか。このように、考え方を転換すると、 緊張関係 を受け入れて、より創造力に富み、効果的で、サステナブルな解決策を可能にする、両立思考が促される。そうすることで、二者択一の先に向かう包括的な統合が見えてくるようになる。両立思考は会話の糸口となり、好循環の原動力となる。
高い。意見、アイデア、インサイトが増えるほど、共通の問題に対応するための相反するアプローチが提起され、包括的でグローバルな視点と独特でローカルな視点のあいだの 緊張関係 が現れる。
変わらずにいるためには、変わる必要があった。独自性を大切にするには、より広い視野を受け入れる必要があった。
人間がパラドックスを非合理的で意味不明と考えるのは、認知機能の限界が原因となっている可能性がある、とスターバックは示唆する。「私たちはニューヨーク証券取引所の屋根の内側にぶら下がって、その法則を明確化しようとしているチンバンジーのようなものかもしれません。パラドックスは、人間の限られた推論能力と論理形式では非論理的に見えても、より複雑な脳を備えた生物、あるいは論理の形が異なる生物から見れば、理にかなっている可能性があります 原注2」
私たち自身の論文では、古代と現代の両方の学者に学び、パラドックスを「同時に存在し、長時間持続する、矛盾していながらも相互依存性のある要素」と定義している 原注3。
まず、どちらの地域の哲学も、対立する概念の統一性を強調した──つまり、包括的な調和は、二元性の統合にかかっているというのだ。
しかし、ある瞬間の過ごし方をどのように選ぼうと、相反する望みの背後にあるパラドックスは残る。
しかし、学び、成長し、創造力を得る機会も豊富に含んでいる。私たちが共通の包括的ゴールを大切にし、つながりや絆や支え合いを深める相互補完的な違いを尊重すれば、こうした機会を活かすことができる。
文筆家で学者のブレネー・ブラウンはさらに、私たち自身の強さは自己の弱さを受け入れる能力にかかっていることを認識させてくれる。恐れを受け入れることができれば、恐れにとらわれることもなくなるのだ 原注 10。
ユングが「パラドックスだけが、人生の豊かさの性質を見抜くことができる」と述べ、パラドックスを「私たちの精神の最も価値ある所有物のひとつ」と説明しているのはよく知られている 原注 15。
組織が成功を収めると、そのプラス面を強化するような取り組みにつながるが、一方でマイナス面も誘発されるという。コア・ケイパビリティが、イノベーションを阻害するコア・リジディティ(中核的硬直性)に変質してしまうのだ 原注 17。
パラドックスを的確に分類する方法を知ることは、パラドックスの 緊張関係 を乗り切るために必ずしも不可欠ではない。本書で提示している各種の戦略はさまざまなカテゴリーにわたって有効だ。また、ほとんどのパラドックスは複数のカテゴリーにわたっている。それよりも、この類型の価値は、パラドックスが世界と人生に影響を与えるさまざまな形がわかりやすくなることにある。
リーダーに利益と情熱、ミッションと市場、ステークホルダーと株主の両方に注力してほしいという声は、年月を重ねるにつれて高まっている。言い換えれば、組織の戦略にパフォーマンス・パラドックスを組み込むということだ。
この課題を受けて、マイケル・タッシュマンとチャールズ・オライリーは、企業が「両利き」になる、つまり探索と深化を同時に行えるようになる必要があることを示した。言い換えると、学習パラドックスを受け入れる必要があるわけだ。
所属パラドックスは、自分が何者なのかという問いを投げかけ、役割、アイデンティティ、価値観、性格に関する 緊張関係 に着眼点を置く。たいていの人にとって、競合する複数のアイデンティティを真剣に生きることは難しい。何としてでも、ぶれない自分を演出しようとする場合がある。
時間をどう確保するかという問いには、仕事と私生活の間の 緊張関係 がよく現れるが、こうしたジレンマの核心にはアイデンティティに対する課題が潜んでいる。
緊張関係 は絡み合っているため、ひとつのパラドックスに対応しようとすると別のパラドックスが発生し、もつれたパラドックスが生じる 原注 29。 緊張関係 をこのような観点で捉えても、必ずしも複数の 緊張関係 がすっきりと分離することにはつながらない。しかし、複雑さを認識するためには役立つ。
コブの主張によれば、世界は「ローカル色の強い場所の世界的ネットワーク」、つまりその地ならではの貢献を重んじる、相互に接続された網のような存在になることで、メリットを得られるという。
問題は、コブが指摘するように、私たちは近視眼的になりすぎだということだ。グローバルな世界における企業の成功を過大評価すると、地元の組織や共同体が果たす決定的な役割を無視しがちだ。一方、地元に専念して島に閉じこもり、脅威を避けようとすると、広い世界が提示してくれるチャンスを逃してしまう。
択一思考はひいき目に見ても限界があり、最悪の場合は害をなす。その危険性の源は、パラドックスの一方の側を過大評価して、他方を無視するところにある。
しかし、選択が保守的すぎるのが本質的な問題ではないとしたらどうだろうか。新しいことと古いことのいずれを選ぶかが本質ではなく、問題に対して設定した枠組みが狭すぎるのが本質だったらどうだろうか。私たちは、ふたつの道が見えたときに、問題を掘り下げてそもそもなぜ選ばなければならないのか自問せずに、そのふたつだけが選択肢だと思い込んでしまう。
パラドックスの一方のみを重視すると、選択肢が過度に単純化され、狭まってしまう。一筋縄ではいかないのは、一方を選ぶとたいてい短期的には成功し、安心感、尊敬、褒賞、効率、喜びを得られることだ。成功すると、その選択肢のままで行く動機が得られるが、そのうちに溝に嵌まることになる。択一選択肢による成功が大きければ大きいほど、溝も深くなる。
た。私は、組織論研究者の思考にパラドックスが大きな影響を与えると確信していた。
いる。「たちの悪い、場合によっては致命的な問題は、第一の曲線が頂点に達する前に第二の曲線を始めなければいけないということだ。そのときにしか、最初のわずかな下降期間、つまり投資期間を補うための十分なリソース──資金、時間、エネルギー──は存在しない 原注6」
ミラーは、企業の失敗を引き起こす最大のトリガーは成功であると説明する。大成功を収めた企業は、プロセスの過度な単純化を始める。誇りが生じ、島国根性が芽生え、建設的な意見を受け入れなくなる。そして、変化を起こすモチベーションやリソースがなくなる。かつて大きな効果を上げたプロセス、企業、リーダーが、新たなテクノロジーや市場トレンドの変化に直面したときに失敗するようになる。ミラーはこの難題を、ギリシャ神話の登場人物の名をとって「イカロスのパラドックス」と名づけた。イカロスは、蝋づけの翼で飛べるようになったが、夢中になったあまり太陽に近づきすぎ、蝋が溶けて墜落死した 原注7。ミラーはマーケットリーダーが市場のトップに上り詰め、自らの成功に夢中になって警告を聞き入れず、S字曲線をあっという間に転がり落ちていった、目の覚めるような例を数多く提示している。
本来、私たちは常に両方を実行していなければならない。つまり、十分に培ったスキル、インサイト、プロダクトに力を入れつつ、新たな機会を開発するために実験と探索を行うべきだ。しかし、現在のスキルに注力しながら新たなスキルを構築するのは難しい。現在の世界と新たな世界は単に別物であるだけではなく、矛盾する場合も多いからだ。新たな世界は、古い世界を破壊し、覆してしまうかもしれない。だからこそ、私たちはパラドックスの中で生きる必要がある。
世界のひとつの見方に固執し、その見方を疑われると防衛的になってしまう。この防衛機制がまた、既存の前提を補強する。
大人の場合、経験学習はきわめて素早く、自動的に発生するので、経験の内容にかかわらず前提を疑うことはほとんどない。すでにできあがった前提によって経験の枠組みが決まり、自己成就的予言が引き起こされる。たとえば、分析的に十分な根拠があるとわかっている研究に対して同僚が批判してきたら、同僚の数学的な能力を疑うか、自分の提示を明確化しようとする。ボストン・カレッジの経営学教授で研究仲間のジーン・バートゥネクは、真っ向から対立するような矛盾や難しいジレンマに立ち向かうときには、問題の枠組みを設定し直し、より高次の思考に移行して両立的な代案を検討する必要があると主張する 原注 12。しかし、実際には事態の合理的な解釈を試み、すでによく知っていることを用いてコンフリクトのつじつまを合わせようとしがちだ。過去のアプローチを用いて 緊張関係 を解決し、初めて見るイメージからなじみのあるイメージを作り上げて、先に進もうとする。しかしその結果、高名な心理学者のグレゴリー・ベイトソンが「ダブルバインド」と呼ぶ状態が発生する 原注 13。私たちは現在の枠組みの中にとどまりながら、自分のマインドセットを疑うのではなく裏付ける解釈を選び、最もレンズを拡大しなければならないときに狭めてしまう。思考に対する微調整は、見方を変えるよりも補強する可能性が高い。そして、思考を拡大しなければ、選択肢について学んだり、選択肢を適応させたり、拡大したりすることはできない。
競合する要求に同時に関わる
善と悪の本質的な違いを探しても無駄だ。両者の構成要素は同じだからだ。重要な違いはその構造、つまり部品の組み立てられ方にある。悪とは分裂であり、阻害された対立陣営同士が怒りながら並び立ち、一方が常に他方を抑圧することに必死な状態である。善とは、同じピース同士の統合と和解である 原注 29。
逆説のあり方こそ真実のあり方だ。
しかし、安心してほしい。ラバを探すのに天才である必要はない。INSEAD(欧州経営大学院)のエラ・マイロン=スペクター、ハーバード・ビジネススクールのフランチェスカ・ジーノ、カーネギーメロン大学テッパー・スクール・オブ・ビジネスのリンダ・アーゴートの研究では、学生を対象にした実験室実験の場で、クリエイティブな統合を促せることを発見した。この実験では、被験者への問いだけを変えた。択一的な選択肢を対立項と考えるように促すか、またはパラドキシカル、つまり対立しながらも相互に依存する要素と考えるように促したのである。択一的な選択肢をパラドキシカルと考えるように促された被験者のほうが、問題に対して大幅に創造的な解決策を導いたという 原注2。
ここで、ラバについてひとつ重要なことを覚えておきたい。ラバには繁殖力はなく、ラバからラバは産まれない。ラバを産むには、ウマとロバを繁殖させなければならない。これは、パラドックスを乗りこなすための重要な特徴でもある。クリエイティブな統合からは、ジレンマへの効果的だが一時的な対応が生まれることがある。たとえば、仕事の合宿会議と家族の結婚式のあいだのジレンマに対処するためのクリエイティブな統合が見つかったとしても、仕事と私生活、自己と他者、短期と長期などの 緊張関係 には引き続き直面することになる。パラドックスは表出している新たなジレンマとして再び表出し、それに対し私たちは新たなソリューションを見つける必要がある。ジレンマへのソリューションを見つけることはできるが、背後にあるパラドックスを解決することはできない。それは、長期間にわたって持続するのである 原注5。
フランス人の大道芸人、フィリップ・プティの有名な写真を見たことがあるだろうか。1974年に撮られた、ニューヨークにあるワールド・トレード・センターの2つのタワーのあいだを綱渡りしている写真だ。そのために、綱の上でうまくバランスを取る必要があった。しかし、完全に静止してバランスを取ることはなかった。常に動きながらバランスを取っていたのだ。遠くのゴールを見失うことなく、一貫して細かく自分の体を操り、左右にごく小さな移動を繰り返す。移動はいつもわずかだ。どちらかの方向に大きく移動しすぎると、転落するからだ。
一貫した非一貫性を保つとは、ひとつの場合に限定して考えるのではなく、意思決定をより広い文脈で検討することを意味する。
どのような判断を下しても、次にジレンマに直面したときには別の判断をする余地を残しておくことができる。
両立思考は、アサンプション(前提)から始まる。アサンプションとは、対立する2つの力を同時に意識し続けるためのマインドセットと背後にある信条である。アプローチを転換する最初のステップは、問題の枠組みを変えることだ。両立思考の使い手は、「AとBのどちらを選ぶか」と問うのではなく、「AとBの両方をどうやったら受け入れられるか」と問う。
世界を一貫して、直線的で、静的なものとみなす代わりに、両立思考では世界が矛盾と循環と動的状態に満ちているとみなす。
私たちの論文ではパラドックスを、システムの隠れた特徴が社会構成的なものを通じて顕在化するものと論じている。つまり、パラドックスは表出しているジレンマに隠れているが、背後にあるパラドックスを明るみに出すために役立つのは、人間自身による理解である 原注9。
私たちの多くは、真実はいつでもどこでもひとつで、何かが真であれば、逆は偽であるに違いないと信じている 原注 11。しかし、ノーベル賞を受賞した物理学者のニールス・ボーアは、次のように述べたという。 「真実には、ささいな真実と偉大な真実がある。ささいな真実の逆は、単純に偽である。偉大な真実の逆は、また真である」 偉大な真実は、相反する複数のレンズを通じて屈折する、複雑に入り組んだ理解を伴う。こうした複雑な真実の全体像を理解する代わりに、矛盾する断片だけを認識してしまうことがある。もしひとつの真実に入れ込んでしまい、矛盾を却下してしまうと、より深く包括的なインサイトを見逃してしまう場合がある。また、唯一の真実に傾倒する他の人と、手に負えないコンフリクトを起こしてしまうこともある。
盲人たちは、自分と同じ経験を他の人もしたと仮定し、自分の経験が全体を反映していると信じた。しかし、その逆を仮定してみたらどうだっただろう。自分の観察結果は多数の結果のひとつにすぎない。自分は真実の一部を経験し、他の人も経験した。それらの異なる、相反する経験を合わせると、より深い真実が見えてくる、というわけだ。そう考えれば、他の人にとっての現実に、もっと素直に耳を傾けることができたかもしれない。自分の知識を疑い、他の可能性を探索し、素直な聞き手になり、新たなインサイトを取り入れて生み出せたかもしれない。このようなオープンマインドな前提が、両立思考の背後にある。知識が矛盾をはらむことを理解するには、知識には複数の真実が共存可能だという前提に立たなければならないのだ。
私たちの論点にとってさらに重要なことに、「イエス・アンド」はパラドックスを乗りこなすための具体的な実践方法を提示している。「イエス・アンド」は、真実は複数あり、前提に異議を唱えられてもその人の言い分を単純に拒絶する必要はないことをあらためて教えてくれる。自分に何らかの前提があり、別の人がその逆を主張したケースを想像してほしい。その考えを却下する代わりに、肯定、つまりイエスから始めれば、相手の現実を尊重できる。ここで重要な点がある。他者の現実を尊重するというのは、必ずしもその現実に同意しなければならないという意味ではない。その現実を認識し、尊重するという意味だ。その後、現実に学び、それを発展させることができる。
「イエス・アンド」アプローチが有用なのは、複数の人が異なる視点を表明した場合だけではない。自分自身の考えに抵抗感が生じたときにも役に立つ。第1章で述べたように、パラドックスは、自分自身の中、他者との関係、集団内などあらゆるレベルに現れる。内面のパラドックスについて考えてみよう。それらに「イエス・アンド」アプローチを採用してみたらどうだろうか。次のような例を考えてみてほしい。自分のことをおおむね責任感があって頼りがいのある人物だと考えていたが、納期の管理に失敗し、相手を失望させてしまった。最初の反応としては、自分を激しく非難したくなるかもしれない。しかし、その代わりに受容から始めてみたらどうだろうか。責任感があるのは事実だ。自分のやったことが責任感に欠けていたのも事実だ。そういうこともある。その経験から常に学び、将来の再発を最小限に抑えよう。
また、パラドックス・マインドセットには、リソースをめぐる前提も関わってくる。つまり、不足ではなく、潤沢さを見るようにする。リソース、つまり時間、空間、資金は、ジレンマの大半を左右する。二者択一的な要求が、リソースを食い合う。ワークライフバランスに関する課題をつきつめると、時間の使い方に関する問いに行き当たることが多い。組織がどの候補者を採用すべきかという問題は、組織の資金が限られており、そのため誰かを選ばなければならないからこそ生じる。私(マリアンヌ)の研究プロジェクトのひとつで、プロダクトデザイン企業を取り上げた。これらの企業は、既存プロダクトの強化と、抜本的なイノベーションへの投資のあいだの 緊張関係 に苦しんでいた。この 緊張関係 の核心には、リソースに関する問いがある。利益を出し続けるための主力プロダクトも必要とされる中で、企業のリソース──人、時間、事務所のスペース──を、どれほど抜本的なイノベーションに注ぎ込めるだろうか。リーダーシップにおける最も重要な課題のひとつが、リソースの確保・割り当てである。
リソースの価値を拡大するには、さまざまな方法がある。まず、リソースに複数の観点、言い換えれば次元があり、誰もが同じ価値を感じているとは限らないと認識することができる。
ハーバード・ビジネススクールの教授で交渉を専門とするマックス・ベイザーマンは、この不足の前提を「不変のパイの神話」と呼んでいる 原注 21。一方、価値創造は潤沢さを前提とし、パイを分ける前に大きくするように交渉担当者に促す。
このアプローチでは、リソースを1次元(ピザのピース数)と捉える考え方から、別の次元(ピザのどこが好きかなど)を考慮する考え方に移行する。それから、複数の次元に従ってリソースを割り当てる方法を考えることができる。
二分法的なマインドセットを持っていると、問題解決を、コントロールの追求と考えてしまうのだ。
しかし、パラドックスを乗りこなすには、問題解決への別のアプローチが求められる。思い出してほしい。パラドックスは動態的で、かつ持続的である。対立する力が残っているので、解決はできない。たとえば、仕事と私生活のジレンマに対応しようとするときには、背後にある自分軸と他人軸、計画性と偶発性のパラドックスを完全に解決することはない。こうしたパラドックスは常に互いに異議を申し立て、互いを変化させ、消滅することはない。パラドックス・マインドセットでは、アプローチを問題解決からコーピングにシフトする。コーピングとは、不確かさを受け入れ、曖昧さを尊重し、自分の意思決定に立ち戻る必要性を認識しつつ、その時点で先に進むための道を探すことである。ロッテ・ルッシャーと私(マリアンヌ)は、このコーピング型アプローチを、「対処可能な確実性」(workable certainty)の模索と表現している。状況を完全には把握していないとしても、話を前に進め、意思決定を下して継続的に学び適応するための明確さは十分だ 原注 26。
しかし、求める結果を効果的に得られるか否かが、リーダーがコントロールを手放す能力にかかっていることは、数々の研究で裏付けられている 原注 29。
コントロールを手放し、不確かさを受け入れてコーピング、学習、適応するのは、言うよりも実際に行動するほうが難しい。ハイフェッツ、グラショウ、リンスキーは、その方法のひとつを「バルコニーに立つ」と表現している。複雑な状況へのコーピングは、荷が重く、整理が難しいことがある。争いの中にいると、それを逃れたり、正したりしたくなる。しかし、私たちが選択肢を分析するとき、その視野は限定されている。ハイフェッツらは、この状況をダンス・フロアに例える。ダンスをしているときは、集中する対象が狭まる。自分のステップについて考えたり、他人の足を踏まないか心配したりする。ダンス中には、ダンス・フロアを出入りする人は見えない。テンポが変わったときの人々の反応パターンも見えない。ダンサー同士がどう関わるかも見えない。それらを見るためには、バルコニーに上る必要がある。より全体像に近いものを取り込み、今この瞬間を超えて、経時的な変化を検討できるような、広い視野が必要になる。
競合する要求同士が静的な関係に固定されている状態から、時間の経過に伴う変化を見られるようにすることができる。
ここで明確にしておくと、ハイフェッツらは、バルコニーは状況を見直すための視点を提供してくれるが、実際に行動できるのはダンス・フロアだけだと認識している。したがって、複雑な状況に対処するには、リーダーはバルコニーとダンス・フロアの両方に身を置く必要がある。ハイフェッツらは次のように指摘する。 「ダンス・フロアとバルコニーを行ったり来たりし、介入し、介入の影響をリアルタイムで観察し、それからまたプロセスの最初に戻る。これによって目指すのは、可能な限り、両方の場所に同時にいられるようになることである。まるで、片方の目はダンス・フロアから、もう片方の目はバルコニーから状況を見て、自分の行動を含めたすべての行動を観察するかのように 原注 31」
組織生活におけるパラドックスに関する初期の記述において、マーシャル・スコット・プールとアンドリュー・ヴァン・デ・ヴェンは、論理的パラドックスと社会的パラドックスを区別した。論理的パラドックスは、本質的に矛盾する2つの主張を反映する。「私は嘘をついている」という「嘘つきのパラドックス」が一例だ。プールとヴァン・デ・ヴェンは、組織のリーダーが現在のマネジメントと未来のイノベーションのあいだに感じる 緊張関係 などの社会的パラドックスは、私たちの精神的枠組みによって構築され、さらに社会的構造によって対立項がどのように配置されているかの影響を受けている、と示唆する。
成功に起因する悲劇を克服するためのひとつの方法は、探索と深化を同時に行うことである。リーダーは卓越したオペレーションを実現する一方で、リスクを負って新たなものを生み出さなければならない 原注6。
また、パーパス・ステートメントは、パラドックスを乗りこなすためにきわめて重要なツールとなる。具体的には、対立と不確かさを前にしたときに、高次のパーパスが(1)競合する要求に直面しながら歩み続ける力となり、(2)対立する力の統合を支援し、(3)短期的な意思決定の方向性を合わせるために役立つ長期的な視点を提供してくれる。
両立思考には、感情的な関与と認知的な努力が必要だ。パーパスは、パラドックスへの関与を支援するための認知的な理由を提示するとともに、モチベーションを高めてくれる。
しかし、この綱渡りはチームの高次のパーパスに支えられていた。パーナにとって、ビジョンはシンプルだった──データベースマネジメント分野のナンバー1であり続ける。ビジョンには不思議なところは一切ない。むしろ重要なのは、パーナがこのビジョンを活用した方法だ。パーナは、すべてのシニアリーダー会議を、ビジョンをあらためて宣言するところから始める。それから他のそれぞれのリーダーに、自身がビジョンの達成にどのように貢献しているかを認識してもらう。シェリフがロバーズ・ケーブで行った実験の少年たちのように、データマネジメント事業部で成功するには、チームのあらゆる部門が貢献する必要があった。事業部は現在のデータベース顧客にとってなくてはならない存在であり続けるとともに、データベースに関する新たな選択肢を作り出しているスタートアップのインターネット企業と競争する方法も見つけなければならなかった。パーナは毎回のミーティングを事業部の高次のパーパスで始めることで、 緊張関係 を受け入れ、より創造力に富む選択肢を見つけるにあたり、チームが協力することの重要性をあらためて強調した。パーナのチームに所属するシニアリーダーから次のように聞いたことがある。 「このチームにはスタンドプレーはありません」 つまり、成功の自画自賛に終始することは許されず、ビジネス全体の総合的なソリューションに貢献しなければならない。
パーナもホッケンスタインも、分離と接続のための境界を組織のなかに構築したが、その手法は違った。タッシュマンとオライリーは、パーナのアプローチを「構造的両利き」と呼んだ。イノベーションのための独立した下位部門を作り新たなアイデアを育みながら、シニアリーダーチームが戦略的統合をマネジメントし、中核製品との相乗効果を実現するような手法である。これに対し、ジュリアン・バーキンショーとクリスティーナ・ギブゾンは、DDDのアプローチを「文脈的両利き」と表現した。組織の正式な構造ではなく、非公式の文脈、慣行、文化に、分離と接続を組み込んでいるからである 原注 18。
しかし、分離せずにつながりだけを重視するのも同じくらい問題がある。私たちはこの慣行を「誤った相乗効果」と呼んでいる。両方の対立極の背後にあるニーズに対応しない、見せかけの統一の試みである。このような状況では、より力のある極が最終的に実権を握る。
しかし、このような行き過ぎを防ぐための構造を作ることはできる。私(ウェンディ)が、オックスフォード大学に籍を置くマリア・べシャロフとの研究で発見したのは、ホッケンスタインが、それぞれの極の価値を補強し、つながりを強化するために人、慣行、正式な構造を活用していたことだった。私たちはこの境界を「ガードレール」と呼んでいる。ガードレールとは、各極を保護する機能だ。ガードレールには2つの機能がある。まず、道路上のガードレールと同様に、一方の極に近づきすぎないようにする。ガードレールは悪循環を防ぎ、綱渡りを支援する。これにより、いずれかの方向に肩入れしすぎていることを恐れずに、対立する要求のあいだをより流動的かつ頻繁に移動できる。次に、ガードレールは制約も形成する。パラドックスを乗りこなす際のフィールドを規定してくれる。この制約によって、まったく新しいアイデアが促される。対立極を引き合わせてクリエイティブな統合を育むことで、新たなラバを見つけることができる。
マヤの話に耳を傾け、気持ちを吐き出してもらった後で、私たちは問題について詳しく話し合った。学ぶべき新しいことがあるのが難しいわけではなかった。新しい知識を学びながら自信を保つことこそが難題だった。優れたパフォーマンスを上げれば、自信が育つ。学びながら自信を取り戻して維持するにはどうすればよいだろうか。
パフォーマンスを発揮できないまま学習にのみ集中した結果、学習能力が制限されてしまった。
紀元前5世紀にブッダは、負の感情のスパイラルを「第二の矢」に例えた。人生のなかの経験には、不快や痛みを伴うものがある。それらは避けられない。ブッダの表現を借りれば、そうした経験は、矢を放たれるようなものだ。しかし、この第一の矢に、恐怖、動揺、怒り、嘆き、非難、恥といったさまざまなネガティブ感情で反応すると、さらなる苦しみが沸き起こる。これらの反応は、自分自身に第二の矢を放っているようなものである。第一の矢をコントロールすることはできないが、自分の反応、つまり第二の矢をコントロールすることはできるという。この仏教の叡智は、よく「痛みは避けられないが、苦しみは自分次第」といった文言にまとめられる 原注7。
ロスマンは、人間は自分自身やそのリーダーを、両価的だと考えたくないものだと指摘している。思考だけでなく感情にも、明確性、具体性、一貫性を求める。しかし、ロスマンの研究は、感情の両価性こそがコミュニケーションの改善や効果的なリーダーシップの発揮のカギである可能性を示している。ネガティブさとポジティブさを同時に活用するほうが健全で、さらに現実的でもあるのかもしれない。
統合的アプローチを採用する重要性は、学術研究で指摘されている。このアプローチにより、両方の当事者が互いのニーズについて詳しく学び、解決策の候補を増やしてから、より分配的なアプローチによって当事者間でリソースを分けることができる。直感的には、ポジティブ感情を示している人々を相手にしたほうが、統合的思考の活用がはかどるように思えるかもしれない。陽気で、周りを巻き込む魅力があり、幸せそうな人なら、歓迎したくなり、協力を惜しまない気持ちにもなれるだろう、というわけだ。しかし、ロスマンとノースクラフトの研究によれば、感情の両価性を表に出した相手のほうが、統合的思考を活用したくなるという。一方の当事者が感情の両価性を表に出すと、他方の当事者は交渉への影響力を高められると考え、問題解決により積極的に関わるようになる。それにより、さらなる統合の可能性の発見と発達が促される。この研究は、複数の複雑な感情を同時に活用すると、想像以上に強力であることを示している 原注 17。
これらのパラドックスを認識するのは、良い開始点になる。「長年のあいだに学んだのは、こうした 緊張関係 を組織から隠さないということです。それは、私たち全員が常に 緊張関係 をマネジメントする必要があるためです 原注5」とケリーは語る。
動態性を備えることは、優柔不断とは異なる。パラドックスを乗りこなしているときにも、明確な意思決定はできる。しかし、動態性を備えていれば、新たな情報に対して心を開き、曖昧さに寛容になり、新たな情報を考慮に入れて意思決定を前向きに再検討できる。
ある対象に投資すればするほど、その対象に入れ込むようになる。第2章で紹介したとおり、このほとんど病的な行動を、ある心理学者は「エスカレートするコミットメント」と呼んでいる 原注9。 行動、習慣、カルチャーが目的を果たさなくなり、変わらなければならないのがわかっていても、私たちは、勝手のわかった状態を手放して新しく不確かな可能性に移行することを恐れ、元のものにしがみつく。反応を測定しながら実験を繰り返せば、こうした傾倒から自分自身を切り離すことができる。 ジレンマに立ち向かう際に試行錯誤することで、有意義なテストを実施し、新たなアイデアを行動に移してから、結果を評価できる。さまざまな選択肢を頭の中で考えるだけではなく、実際に小さく実行してみて、データを収集してその行動のインパクトを確認し、この道をそのまま進むか新たな道に移行するかを検討する。そうすることで、常に緊張感を維持していられる。
優れた書き手は必ずしも優れた初稿を上げる人物ではなく、荒削りの初稿を素早く書いてから、編集しながら思考を発展させる人物である。スランプに陥ったら、自由連想法を用いてとりあえず単語を紙に書き出していくことで、編集と推敲を始めることができる。私たちは共同著者として一緒にラピッド・プロトタイピングに取り組み、草稿を送り合って互いの思考を明確化していった。一方が雑な初稿を書き上げる。もう一方が編集する。それから草稿を何度もラリーして、絶えず改善していく。
パラドックスを乗りこなすために実験が役に立つ理由の一端は、隠れたシナジーを明るみに出すことである。表出しているジレンマを最初に観察すると、対立する選択肢のあいだの矛盾が容易に目に映る。さまざまな意思決定が、それぞれの側にどのように資するかを理解できる。しかし、それより明白でないのはシナジー、つまりひとつの選択肢が対立項にとってどのような価値があるかだ。実験によって、これらのシナジーをより顕在化させることができる。
NCFDDのようなエドテック企業は、たいてい「 教育」よりも「テック」を重視し、研究者よりもエンジニアや起業家を多く採用する。「ほとんどの場合、他社は教員をビジネスの推進に欠かせないパートナーではなく、動かさないと回らないやっかいな人のように見ていました」とロックモアは語る 原注 12。
このように枠組みを捉え直し、意思決定を一種の実験あるいは試行錯誤と考えることで、友人は択一思考の溝から脱出し、より動態的なアプローチを採用して生きることができた。
新たな可能性は、まったく期待していないタイミングで訪れる場合がある。難しいのは、そうした発想にいつでも気づいて取り組めるようにしておくこと。つまり、セレンディピティに対して心を開いておくことだ。私たちは、セレンディピティを「備えている人に訪れる幸運」と定義している。ここで言う幸運とは、その時探していたわけではないのに、価値あるものを見つけることだ。幸運を積極的に探しているわけではない時でも、新しい可能性が露わになるような位置取りをして、実際に幸運が訪れたときに気づくようにはできる。個人としても、リーダーとしても、セレンディピティに備えて条件を整えることはできる。このアプローチによって、新たな状況に積極的に関われるようになり、溝に嵌まる状況を避けられる。
パスカルはこの再評価を「ホンダ効果」と位置づけ、一部の傍観者がホンダの成功の理由を明らかにしようとして準備と先見の明を過大評価し、幸運を考慮に入れるのを怠ったと説明した。ホンダ効果は、ボストン・コンサルティング・グループが語った、優れた戦略計画を中心とした合理化されたストーリーに取って代わり、動態的にバランスを取る行動の象徴となった。パスカルは語る。 「この小さな逸話の基盤が、戦略計画学派と創発戦略学派のあいだの激論の震源地になるとは思いもよりませんでした」
両立思考を導入すると、評価プロセスがわずかに変化する。両立思考では、選択肢を分離して分析するだけではなく、分離して接続する。選択肢を分離して、それぞれを検討するのは変わりない。分離することで、選択肢のプラス面とマイナス面を詳しく検討できる。しかし、従来型のアプローチとは異なり、接点を探しながらデータ収集が続いていく。 つながりを探すひとつの方法は、ハーバード大学の心理学者、エレン・ランガーが「階層を一段階上げる」「階層を一段階下げる」と呼ぶ方法だ 原注1。階層を一段階上げるとは、選択肢をより大きい、包括的なビジョンと関連付けることを指す。フランケの「留まるべきか、進むべきか」のジレンマで言えば、階層を一段階上げるには、より普遍的な価値観と高次のパーパスを定義する作業が関わってくる。自分の人生にはどんな包括的ゴールがあって、この決断はゴールに向かって進むためにどのように役立つのだろうか。長期的な志は視野を広げ、競合する選択肢のあいだのつながりを探索するために不可欠になることがある。たとえば、フランケのビジョンが、インパクトの大きいキャリアを送り、ポジティブで有意義な違いをもたらすことであれば、そのゴールに現職と新たな職がどのような影響を与えるかを検討する方法を見つけることができる。
従来型の択一思考を採用した場合、ゴールは複数の選択肢のなかからひとつを「選ぶ」ことにある。これに対し、両立思考では、ゴールは「決める」ことにある。この違いは、選択をより広い文脈のなかでどのように理解するかに関わってくる。「選ぶ」という表現は、変更の余地がないように思える。一方、「決める」というと、将来的に選択肢の再評価や再検討を行う可能性があっても、前に進むことのできる実行可能なソリューションのように思える。決めるのであれば、背後にあるパラドックスを解決できなくとも、再び関われるよう常に認識しておくこともできる。また同時に、 パラドックスの動態的な性質を認め、この動態性に価値を置くアプローチを活用することもできる。
たい。ほとんどの人は、自分自身より他の人の両立機会がよく見えるものだ。個人のパラドックスには、前述した防衛感情が割り込み、 緊張関係 にとらわれて感覚が麻痺してしまうおそれがある。それに比較すると、他人のジレンマに必要な感情の投資ははるかに少ない。不快のなかに若干の心地よさを見つけ、防衛機制を越えて前進するひとつの方法として、他の人に連絡をとり、ジレンマのブレーンストーミングを手伝ってもらうことが考えられる。 自分の択一思考に嵌まってしまったら、友達を誘って自分のジレンマについて考えてもらい、両立の可能性を提示してもらおう。そして、自分の反応を書き留めてみよう。防衛機制が割り込んで、友達のアイデアがうまくいかない理由を大量に語り出す可能性が高い。防衛的な脳に少し休みを取ってもらい、友達の意見に耳を傾けよう。びっくりするような可能性が見えてくるかもしれ
ジレンマの背後にあるパラドックスが明らかでない場合、ジョンソンは人々にまず変化について考えてもらうことで、パラドックスの発見を促す。ジョンソンは、人々が思い描く未来について説明してもらう。課題が解決した場合、地域社会(仕事、組織、家族、生活など)は理想的にはどのようになるだろうか。次に、今の現実について説明してもらう。ジョンソンが指摘するように、私たちはしばしば今の現実とは正反対の未来を思い描き、そこに向かって進む。その際、現在地と目的地のあいだの違いにパラドックスが組み込まれる。たとえば、ある組織が、プロセスを遅くする過剰なお役所体質を脱して、より俊敏なアプローチに向かおうとしているとする。この変化の背後にあるのは、柔軟性と管理のあいだの継続的な 緊張関係 である。今の現実と思い描く未来を検討するこの戦術は、表出しているジレンマの下に隠れているパラドックスを表面化させるひとつの方法である。
ABCDシステムでは、対立する要求を包含する高次のパーパスを強調することで、対立極のあいだに接点を見つけられると指摘した。ポラリティ・パートナーシップスでは、これを「グレーター・パーパス・ステートメント」と呼ぶ。志があり、やる気の出る内容が理想だという。グレーター・パーパス・ステートメントの価値を明確にするためには、ポラリティ・パートナーシップスが「奥底の恐れ」と呼ぶ要素もあわせて特定する必要がある。これは、集団で協力する方法が見つからなかったときに起こる現象、言い換えれば悪循環によって引き起こされる最悪の事態に関する不安である。グレーター・パーパス・ステートメントと奥底の恐れを組み合わせると、対立項同士を保持する、統一のための境界が形成される。
「CEOは、競合し、かつ同じくらい正当な、ステークホルダーの要求に直面し、パラドキシカルな状況にますます直面するようになっている。選択肢は、『〇〇の正しさ』と『××の正しさ』だ。『両方の世界のいい所取り』をするには、CEOはまず個人としてのパラドックスのバランスを取り、自社に最適なバランスを見つけられるようにする必要がある 原注1」
基本的な境界を策定して、その内部で多大な柔軟性を確保した。ネットフリックスの人事慣行の基本的な境界は、「誠実であれ」「人々を大人として扱うべし」「ネットフリックスにとって最大の利益になるよう行動すべし」などの一連の指針だ。同社はこれらの原則を、柔軟な労働環境を形成する指針とした。有休休暇の日数の管理をやめ、従業員には、休暇の方針を設けないのが当社の休暇の方針だと伝えた。従業員は、必要に応じて自由に休暇を取ることができる。実のところ、ネットフリックスの経営幹部は、方針が乱用されることよりも、従業員が休暇を取らなくなるのではないかと心配していた。テック業界は、仕事熱心で休暇を潰しがちな人々を惹きつけてきた。燃え尽き症候群を心配した上級幹部は、率先して休暇を取り、それを表明することで、行動の手本を示した。また、経費と出張費の正式な計上をすべて取りやめ、「ネットフリックスにとって最大の利益になるよう行動すべし」とだけ念を押した。この結果、同社の文化規範も幸いして社員のコスト意識はおおむね低下するどころか向上し、幹部はお役所仕事を減らし経費の管理をなくしたことで、大幅にコストを削減した。こうした慣行によって、同社は自由と責任のあいだの継続的な 緊張関係 を乗りこなしながら、体制に俊敏性を組み込むことができた 原注 22。
ここで実験とは、どうしてもうまくいかないアイデアを放棄する意味であることに注目してほしい。
「緊張関係 があるという事実は、しばしばネガティブに受け取られ、妥協やトレードオフといった言葉が使われます。私の考えでは、これは明らかに間違った 緊張関係 の解釈です。会社を経営していれば、 緊張関係 のマネジメントに挑戦し、そうしなかった場合と比べて高みに到達したくなるものです。これが、平均以下の企業と平均以上の企業の違いです 原注 24」
人はしばしば、明確で直接的なビジョンを求める。その代わりにコブは、長期的で包括的なビジョンを提示する。
物語や比喩は、玉ねぎのような層をなしている。人々は、自らが関わる準備ができているレベルでメッセージを解釈し、そのメッセージを自らの行動の指針にすることができる。さらに、物語や比喩は頭に残りやすく、包括的な考え方を思い出すための標語のように利用することもできる。
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