Thomas v. Winchester, 6 N.Y. 397 (1852)
https://www.casemine.com/judgement/us/5914ab84add7b04934735ce2
意義
判例法における法の発展(区別)、製造物責任(Product Liability)
事実
病気であったトマス夫人は、医師からタンポポの抽出物(訳注:健胃薬として用いられる)1回分の処方箋を受け取った。彼女の夫トマスは、それをフォード医師の店で購入し、妻に与えたところ、悪寒、血液循環の悪化、筋肉の収縮、めまい、瞳孔の拡大、精神錯乱などの症状が現れ、一時危篤状態に陥った。それは実はベラドンナの抽出物(致死性のある猛毒だが、点眼薬、鎮痛薬としても用いられる)であり、被告ウィンチェスターの被用者ギルバートの名前で誤ったラベルが貼られ、それを薬の卸売業者アスピノールが買い取り、アスピノールからフォードが買って、さらにトマスに売られたものであった。 トマス夫妻は、ネグリジェンス(過失による不法行為)を理由にウィンチェスターに対し損害賠償を求める訴えを提起した。
判旨 ラグルズ首席裁判官の法廷意見、原判決維持。
本件は被告の申立ての第1点目である訴え却下 (nonsuit)となるかどうかにかかっている。問題は、被告が遠く離れた薬の買主であり、原告との間に直接の関係がない場合に、訴訟を維持できるかどうかである。
もし、毒薬に無害な薬であるというラベルを貼って市場に出したことについて、売買契約の直接の買主であるアスピノールに対して負う以外に被告による義務の違反がないのであれば、本件訴訟は維持できない。もしAが馬車を作ってそれをBに売り、BはそれをCに売り、Cはその馬車についてDを雇ったところ、馬車を作る上でのAの重大な過失の結果、馬車がひっくり返ってDが損害を受けた場合に、DはAに対して損害賠償を請求することはできない。Aが馬車を誠実に作るという義務はもっぱらBとの契約から生じたものであり、公衆はそれに何の関係もない。契約の当事者でない第三者に対する害は、製造者の過失の自然かつ必然的な結果とはいえず、そのような過失は直ちに人の命にとって危険なものとはいえない。
鍛冶屋の蹄鉄の打ち方が悪かったために、持ち主から馬を借りた者が馬から投げ出されてけがをした場合に、鍛冶屋が損害賠償の責任を負わないこともまた同様である。
これがWinterbottom v. Wright 1842 10 M. & W. 109, 152 E.R. 402が下された根拠である。・・・ロルフ卿(Baron Rolfe)によれば、Aが馬車をよい状態に保っておくのは、契約の相手方である郵政長官(B)に対する義務であり、馬の持ち主に雇われた御者(D)に対する義務ではない。
しかし、本件はよって立つ基盤が異なる。被告は有毒な薬の販売業者である。ギルバートはそれを市場に出すための被告の代理人(agent)であった。誰かが死んだり重大な傷害を負うということは、誤ったラベルを貼ったベラドンナを販売したことの自然でほとんど不可避の結果である。
もし誤ったラベルが貼られた薬を服用した結果、トマス夫人が亡くなっていたら、被告の代理人であるギルバートは、故殺罪(manslaughter)で有罪となったはずである。・・・被告ウィンチェスターは代理人の過失について刑事責任を負わないかもしれないが、代理人の行為が本人(principal)の行為とみなされる民事責任を負うことは疑いがない。
被告の弁護人が援用する事件では、本件のような切迫した危険は存在しない。本件における毒物の販売は薬の卸売業者に対してなされたもので、消費者に対してなされたものではない。したがって、損害が卸売業者や小売業者に降りかかる可能性は低く、遠く離れた購入者に降りかかる可能性が非常に高く、実際にそうなったのである。被告の行為は、人の生命を切迫した危険にさらすものである。より注意を払ってそのような危険が生みだされるのを避ける義務が被告の側にないといえるだろうか。あるいは、注意を払うべきなのは、命が危険にさらされているわけではない直接の買主に対してだけであるといえるだろうか。被告の義務は彼の事業の性質から生じており、その管理の不手際から他人に対する危険が生じたのである。誤ったラベルを貼った毒を市場に出すような行為からは、害以外に何も期待できないのであり、被告はその行為の蓋然性ある結果について責任を負うのが当然なのである。この点で注意を払うべき義務は、被告のアスピノールに対する売買契約から生じたものではない。被告による不法行為は、誤ったラベルの貼られた毒を、販売される商品で、その時点では誰か分らない者によって後でタンポポの抽出物として用いられる物としてアスピノールに渡したということである。馬と荷馬車を通りに放置した者は、自らの過失により生じた損害の責任を負う。Lynch v. Nurdin 1841 1 Q. B. 29, 113 E.R. 1041; Illidge v. Goodwin 1831 5 C. & P. 190, 172 E.R. 930. 弾を込めた銃を子どもに渡した所有者は、その子どもの不注意から弾が発射された場合、発射により生じた損害の責任を負う。Dixon v. Bell 1816 5 M. & S. 198, 105 E.R. 1023. 被告とアスピノールとの間の売買契約は、原告に対する不法行為の言い訳にはならない。それは不法行為が生じた手段の一部にすぎない。もし被告が無償でベラドンナをフォード医師に与えたか、または被告が中身を知らずにそれを店に置き、ラベルを信頼して販売することになったのであれば、原告の損害および救済も(荷馬車や銃の場合と)同じ原理に立脚することになったであろう。
Longmeid v. Holliday 1851 6 Ex. 761, 155 E.R. 752において、他人の生命に対し切迫した危険のある過失行為と、そうではない行為との区別が認められている。前者においては、過失について責任ある当事者は、契約関係があるかどうかにかかわらず、損害を受けた者に対して責任を負う。後者においては、過失ある当事者は契約した相手方に対してのみ責任を負うが、これは過失が契約違反であるという根拠に基づく。
被告は、公判でアスピノールとフォードが物品を販売したことについてネグリジェンスの責任を負い、本件訴訟が成り立つとすれば、フォードに対してなされるべきであると主張した。・・・フォードが被告のラベルを信用してその物品を売ったことが正当化されるかどうかはまた別の問題である。しかし本件で、フォードが瓶の中身を被告による表示に従って売ったことを被告が抗弁にしえないことは明らかであると私には思われる。ラベルはフォードに瓶の中身がタンポポの抽出物であるとはっきり伝えており、被告もそれを知っていた。被告に関する限り、フォードはその表示が本当かどうかを試す義務はない。
※ ガーディナー裁判官による補足意見がある。グライドリー裁判官は本件に不参加。