Brnovich v. Democratic National Committee, 141 S.Ct. 2321 (2021)
1 事実
投票の方法に関する2つのアリゾナ州法が争われた。
第1に、投票区制度を持つカウンティ-において、投票日に自分で投票することを選択した有権者は、指定された投票所で投票しなければならない(§16-122;§16-135)。誤った投票場所に行ってしまった場合には、投票所の職員が、正しい場所に誘導する。有権者の氏名が名簿に載っていないが、正しい場所であると思った場合には、有権者は仮投票を行うことができる(§16-584)。有権者の住所がその投票区の中にあれば、その票は後で数えられるが、誤った投票区で投票したことが判明した場合には、その票は数えられない(§16-584(E))。
第2に、郵便で期日前投票を行うことを選択した有権者について、2016年に州議会はHouse Bill 2023(HB2023)を制定し、郵便局員、選挙管理委員、有権者の介護者、家族員、または世帯の構成員以外の者が期日前投票を回収することを、記入前か後かにかかわらず犯罪とすると定めた(§§16-1005(H)-(I))。
2016年に民主党全国委員会および特定の会員が州司法長官および州務長官を相手取って提訴し、誤った投票区で投じられた票を数えないこと、および票の回収の制限は投票権法2条に違反して「アリゾナ州のインディアン、ヒスパニック、アフリカ系の市民に不均衡に悪影響を与える」ものであると主張した。加えて、票の回収の制限は、「差別的な意図によって制定された」ので、投票権法2条および第15修正に違反すると主張した。
連邦地裁は原告の請求全てを棄却した。329 F.Supp.3d 832 3名合議の連邦控訴裁判所(第9巡回区)は原判決を維持したが、連邦控訴裁の大法廷(11名)は、7対4で第1の州法につき差別的な効果および意図の両方が認められるので、投票権法2条および合衆国憲法第15修正に違反すると判示して原判決を破棄した。Democratic Nat'l Comm. v. Hobbs, 948 F.3d 989 (9th Cir. 2020).
2 争点
アリゾナ州法による①投票日における投票区外の投票の無効化、②期日前投票における第三者による票の回収の制限は、投票権法2条に違反するか。
3 判決
原判決破棄差戻。アリート裁判官による6対3の法廷意見。
4 判決理由
予備的な問題として第1に、投票区外の政策に関する原判決について、合衆国憲法第3章の下で上訴する適格を持たないという主張は斥けられる。州は上訴を行うことができ、司法長官は連邦裁判所におけるいかなる訴訟についても州を代表できる。
第2に、我々は本件で2条のすべての請求を規律する基準を表明することを拒否する。本件における我々の判決を導くための標識を立てることで十分であると考える。
現行の投票権法2条は、以下の通り規定する。
「(a) いかなる投票資格もしくは投票の前提条件、基準、慣行、または手続は、(b)項に規定されているように、人種、肌の色を理由として、または本編1303条(f)項(2)号に定められた保障に反して、いかなる合衆国市民の投票権を奪いもしくは制限する結果となる方法で、州もしくは下位の行政単位により、課されたり適用されてはならない。
(b) (a)項の違反が立証されるのは、事情の総合に基づき、州もしくは下位の行政単位における指名につながる政治過程または選挙が、その構成員が当該選挙区の他の構成員よりも政治過程に参加し自分たちが選んだ代表を当選させる機会が少ないという点で、(a)項により保護される階層の市民の構成員の参加に平等に開かれていないことが示された場合である。
保護された階層の構成員が州または下位の行政単位において公職に選ばれている程度は、考慮されるべき一要素である。
ただし、本条の規定は、保護された階層の構成員に、人口比に等しい数で選出される権利を確立するものではない。」52 U.S.C. §10301
本件は、我々にとって時・場所・方法に関する初めての第2条のケースなので、制定法の文言を新しい視点から検討することが適切である。今日、制定法の解釈が問題となる事件では、ほとんど常に文言を注意深く検討することから始めており、本件でそうしない理由がない。
文言をあわせると、第2条(b)項の核心は、投票が「平等に開かれている」という要件であると思われる。
C(「事情の総合」という文言から引き出される基準) もう1つ別の第2条(b)項の重要な特徴として、「事情の総合」を考慮しなければならない。ゆえに、「投票が平等に開かれている」かどうか、平等な「機会」を提供しているかどうかにつき、論理的に関連するいかなる事情も考慮されうる。我々は制限列挙のリストを作成するつもりはないが、いくつかの重要な事情が言及されるべきである。
1(「事情の総合」として、5つの要素を考慮すべきである。) 第1に、争われている投票のルールにより課される負担の大きさが大いに関連する。「公開」や「機会」という概念は投票を妨げる障害や負担のないことを含意するから、投票のルールにより課される負担の大きさが重要である。どんな投票のルールもある程度の負担を課すものである。投票には時間がかかり、ほとんど誰でも、近くの郵便箱までだとしても移動することが必要である。「投票の通常の負担」は容認されなければならない。Carford v. Marion County Election Board, 553 U.S. 181,198 (2008). 単なる不便さは第2条違反を立証するのに不十分である。
第2に、ある投票のルールが、1982年に2条が改正されたときの標準的な実務とかけ離れている程度が関連する。どんな投票のルールもある程度の負担を課すものであるから、争われているルールによって課されている負担を比較する基準を持つことは有用である。それゆえ、1982年当時、諸州はほとんどすべての有権者が投票日に自ら投票することが必要であるとしており、狭く厳密に定義された種類の有権者にしか不在者投票を認めていなかったことが関連する。合衆国において長い伝統があり、広範に用いられてきた、文面上中立的な時・場所・方法の規制を根こそぎにする意図を連邦議会が有していたとは思われない。
第3に、あるルールが異なる人種または民族の集団に与える影響の差異の大きさもまた、考慮されるべき重要な要素である。小さな差異は、大きな差異と比べて、ある制度が平等に開かれていないことを示しにくい。マイノリティ集団とマイノリティでない集団が雇用、健康および教育の点で異なっている範囲で、どんなに工夫された中立的な規制であっても、予測される若干の投票率の差異および投票のルールの違反をもたらすかもしれない。しかし、影響にいくらかの差異があるからといって、ある制度が平等に開かれていないとか、誰に対しても平等な投票の機会を与えていないということにはならない。差異の大きさが問題なのである。差異の大きさを評価する際には、意味のある比較が重要であり、非常に小さな差異を人工的に拡大させてはならない。
第4に、ある州の投票制度全体により提供されている機会を考慮しなければならない。これは、2条(b)項がある州の「政治過程」という集合的概念および全体としての「政治過程」に言及していることから導かれる。ゆえに、ある州が複数の投票手段を規定している場合には、そのうちの一つを選択した有権者に課せられる負担は、他の手段を考慮に入れることなしに評価されてはならない。
第5に、争われている投票のルールによって達成される州の利益の強さもまた、考慮されるべき重要な要素である。あるルールが行き過ぎていないかを判断するためには、そのルールの理由を考慮することが重要である。強い州の利益により支えられているルールは、2条に違反しにくい。
一つの強く、全く正統な州の利益は、不正(fraud)を防止することである。不正は接戦の結果に影響を及ぼし、不正投票は適切な重みをもつ票を投じる市民の権利を減殺する。不正はまた選挙の公正さに対する一般市民の信頼および発表された結果にあるはずの正統性を掘り崩す可能性がある 。
すべての票が自由に、脅迫や不当な影響なしに投じられることもまた、有効かつ重要な州の利益である。この利益は、この国および世界中の民主主義国の標準的な実務となった、個別の投票ブースが広く採用される一助となった。
Ginglesの要件は、投票価値減殺訴訟において発展したものであり、その要素のいくつかは文面上中立的な時・場所・方法に関する投票のルールを争う事件には全く適用されない。中立的な時・場所・方法に関するルールが争われる場合には、Ginglesの要件は、マイノリティ集団の構成員が過去に差別を受けてきたこと、およびその差別の影響が残存していることを示すということにおいてのみ関連性がある。
我々は、また[市民的権利に関する法律(Civil Rights Act)]第7編および公正住宅法(Fair Housing Act)において用いられる異なる効果(disparate impact)モデルは有用であるとは認めない。第7編および公正住宅法の関連する規定の文言は投票権法2条とは異なっており、連邦議会が投票を規制するルールを雇用および住宅を規制するルールに合わせる理由が明確でない。例えば、州の正統な利益が問題となる投票の規制によってのみ達成されることを州が立証しなければならないという厳格な「必要性の要件」を2条が課していると解釈するのは適切ではないと我々は考える。そのような厳格な関連性を要求すれば、正統な利益を追求する手段として合理的な手段である、長い伝統を持つ大多数の中立的な州の規制を無効とすることになる。
上述の結論は、ある州が投票をすべての人に「平等に開かれた」ものにしているかどうか、誰に対しても平等な「機会」を与えているかどうかに関連する「事情の総合」を考慮するという2条が命じていることから直接に導き出されたものである。これに対して反対意見は、2条の文言を書き換え、異なる効果という一つの事情にのみ固執している。
これは革新的な計画(radical project)であり、反対意見はその目的を不明確するのに力を使っている。20ページも使って論じているのは、アメリカ人なら皆が知っている歴史的背景や、Shelby判決、本件で問題になっていない投票ルールなど、本件の問題にほとんど関係がないことばかりである。
1982年改正が下院で可決された際には2条(b)項がなく、「差別的効果」を持ついかなる投票慣行も禁止すると考えられていた。しかし、下院と上院との妥協により可決成立した法律には2条(b)項があり、一つの事情だけではなく、「事情の総合」を考慮するよう指示している。これらの考慮を特定せずに法律の文言から乖離しているという反対意見の非難には理由がない 。
反対意見は、我々の列挙した事情のうちの3つを排斥し、州の利益という事情の重要性をできるかぎり減らそうとしている。反対意見によれば、投票のルールにより達成される利益がどれほどやむにやまれぬものであったとしても、その利益が他の手段では達成できないことを裁判所の満足のいくまで立証しない限り、そのルールを支持できないことになる。そのような要件は2条の文言にも同条を解釈した我々の先例にも根拠がない。
そのような要件は、州の採用するいかなる投票ルールも無効にする可能性がある。ある州が、自州における深刻な不正投票の前歴を示すことができたとしても、反対意見は、より多くの捜査官を雇う、より重い刑罰を科すなど州が他の方法で不正に対処することができないことを立証しない限り、不正防止のためのルールを無効にしてしまうと思われる。
反対意見によれば、いかなる「統計的に有意な」差異も、文面上中立的な投票ルールを無効とするのに十分だということになる。
投票権法が民主主義に対する我が国のコミットメントを例証しているという点では反対意見は正しいが、投票ルールを制定する権限を丸ごと州から連邦裁判所に移してしまおうとしているのは、全く民主的ではない 。
A(投票日に投票所以外で投じられた票を無効にすることは、投票権法2条に違反しない。) 自分が投票すべき場所を確認し、投票のためにそこに移動することは、「投票のための通常の負担」を超えるものではない。
また、州は、投票所の正確な情報をすべての有権者が入手できるようにしている。投票所が変更された場合には、登録済みの有権者には新しい投票所の場所の通知が送付される。
控訴裁判所は、アリゾナ州では誤った投票所で投票したとして無効とされる票の割合が他の州よりも高いと特記し、それは投票場所がしばしば変更されることや、誤解を招くような投票場所の配置、住民の移動率が高いせいだとしている。しかし、たとえアリゾナ州の有権者にとって、指定された投票所を見つけることが他の州よりも少しだけ難しいとしても、同州は他の容易な投票方法を提供している。有権者は誰でも、理由なしに期日前投票を請求できるし、常に期日前投票が自動的に郵送されるように氏名を固定名簿に載せることができるし、期日前投票においてはどの投票所で投票してもよい。また、投票の約1か月前には、自分のカウンティー内の期日前投票所で直接投票してもよいのである。これらの方法が利用できることが、投票日に投票所以外で投じられる票の割合がとても少なく、しかも減っていることを説明すると思われる。2012年の総選挙において0.47%、2016年においてわずか0.15%であった。
次に、負担における人種的な差異は、絶対条件において小さい。2016年総選挙において、ヒスパニック有権者の1%強、アフリカ系有権者の1%、先住民有権者の1%が投票日に投票所以外で投じられた。マイノリティ以外の有権者においては、約0.5%である。98%以上の有権者にとってうまくいっていると思われる政策が制度を不平等に開かれたものにしているとは考えにくい。
控訴裁判所は、異なる絵を描くために、マイノリティ以外の数字をマイノリティの数字で割るというやり方をしている。「マイノリティ有権者が、白人の有権者よりも2倍の割合で投票所以外で投票している」と結論づけたのは、統計の操作によるものである。
控訴裁の判決はまた、州の利益に適切な重みを与えていない。連邦地裁が認識した通り、有権者を投票場所により均等に配置し、待ち時間を減らすのに役立つ。中央に投票センターを置くよりも有権者の住所の近くに投票場所を置くことができる。加えて、有権者が投票することができる候補者および公的争点だけが掲載された投票用紙を受け取ることを確保するのに役立ち、このような秩序ある運営は、有権者の混乱を減らし、選挙に対する有権者の信頼を高める。また、投票所以外で投じられた票を数えないことは広く行われている。
控訴裁はより制限的でない他の選びうる手段が投票所を基盤とする投票を脅かすという証拠がないので、州の利益は大したことがないとした。同裁判所は、有権者の適切な投票所の投票用紙にも掲載されている候補者や争点について、州が投票所以外で投じられた票を数えない理由がないと考えたが、我々はその理由づけに賛成しない。
2条は、州の選択した手段が絶対的に必要であるか、より制限的でない手段では州の目的を適切に達成できないことを立証しなければならないと義務づけるものではない。控訴裁の優先する代替手段には明らかな欠点がある。一部の票を数えることは開票作業を複雑にし、議論と遅れをもたらす。加えて、全国または州レベルの選挙にしか関心がない有権者にとって、自分の指定された投票所でないことを知っていても、最も便利な場所で投票しようとさせる傾向がある。
アリゾナ州の投票区外の政策により課される負担がそれほど大きくないこと、異なる影響が小さいこと、州の正当化事由に照らして、このルールは投票権法2条に違反するものではない。
期日前投票用紙を受け取ったアリゾナ州民は、郵便ポスト、郵便局、期日前投票箱、または権限のある選挙管理委員のオフィスに27日間の期日前投票期間に行けば、提出することができる。また彼らは投票日にどの投票場所や投票センターにおいても投票用紙を提出することができ、そうすれば直接投票するために列に並ぶ必要がない。これらの移動は、「投票の通常の負担」の範囲に収まっている。
原告は、HB2023がマイノリティ有権者に対して異なる効果を持っていることを示す統計的な証拠を提示できていない。その代わりに、第三者による票の回収が恵まれないコミュニティーでもっとも重点的に行われていることや、アリゾナ州のマイノリティ、特に先住民が不釣り合いに不利益を受けていることを証言する証人を召喚した。しかし、その証拠から、連保地裁は、HB2023の制定前に、「マイノリティが一般的に、非マイノリティよりも第三者の助力により期日前投票用紙を提出していると見込まれる」と結論しただけであった。記録からはそれ以上のことは連邦地裁も言えなかったし、我々も言えない。より具体的な証拠がない限り、HB2023が政治過程に参加する機会を減らしているとは結論できない。
たとえ原告がHB2023により異なる負担が生じていることを立証したとしても、州の正当化事由は、2条の責任を免れるのに十分である。期日前投票用紙を取り扱う人々の種類を、隠された動機を持たない者に限定することは、潜在的な不正を抑止し、有権者の信頼を向上させる。これが、カーター・ベーカー委員会の見解であった。
控訴裁判所は、期日前投票に関連した不正がアリゾナ州で起こっているという証拠がないので、HB2023を支える州の正当化事由は希薄であると考えた。しかし、不正の防止は、票の回収を制限することにより達成される唯一の正統な利益ではない。第三者による票の回収は、圧力や脅迫につながる。また、不正投票が起こり、州内で見つかるまで待つことなく、州がそれを防止する措置をとることができるのは言うまでもない。不正は郵便投票に伴って実在するリスクであり、ノースカロライナ州選挙委員会は、不正な郵便投票が行われたという証拠により、2018年の選挙結果を無効にした。アリゾナ州立法部が同じようなことが近くで起きるのを待つ義務はない。
州の正当化事由に照らして、HB2023により人種的に異なる負担が生じているという証拠がそれほどないことから、我々は、同法は投票権法2条に反しないと結論づける。
もし連邦地裁の証拠の見方が記録全体に照らしてもっともらしい(plausible)場合、上訴裁判所が第一審とは異なる証拠の評価をしたであろうと確信した場合であっても、原判決を破棄すべきではない。
差別的な意図の問題についての連邦地裁の認定は、記録により十分に支えられている。
連邦地裁は、歴史的な背景、HB2023の制定に至る一連の出来事、通常の立法過程からの逸脱がないか、関連する立法経緯および、同法が異なる人種グループに与える影響を考慮した。
連邦地裁は、HB2023が、民主党が「出かけて票を集める」戦略を取り、2010年に人種的に分裂した選挙で接戦を制したドン・シューター上院議員(当時)が「票集めにおいて不正が行われている」との宣伝を人種差別的な動画を流すなどして大々的に行った後、立法部で郵便投票に関する真剣な議論が行われて、2016年にHB2023が制定されたと結論づけた。法案の賛成者は、郵便投票(mail-in voting)は直接投票(in-person voting)よりも不正の影響を受けやすいと繰り返し議論しており、またマイノリティの中にも、票を集めている人たちが年配のヒスパニックの有権者につけこんでいるのではないかとの懸念を表明する者もいた。また、いくらかの法案の反対者は、共和党議員は人種差別的な動機を隠していると非難していたが、その見解は統一的なものではなかった。ある民主党上院議員は、HB2023が「ある政党がもう一つの政党よりも票を集めるのがうまい」という事実を「解決」するためのものだと述べた。
郵便投票に関する議論の火花はある上院議員の過激な党派性によりもたらされたものかもしれないが、党派的動機は人種的な動機と同じものではなく、連邦地裁はこの2つを注意深く区別しており、また立法部全体が人種的動機を吹き込まれたという証拠もないとした 。
控訴裁判所は、連邦地裁によるHB2023の支持者の真摯さの評価を論難することなく、連邦地裁が「手先(cat's paw)」理論を適用しなかったことにより明白な誤りを犯したと結論した。しかし、「使用者は、最終的な決定について責任のない監督者の敵意について労働者に対して責任を負う」という「手先」理論は、立法部には適用されない。この理論は、使用者と監督者との間に存在する代理関係に依拠しているが、法案を成立させるために投票する立法者は、その法案の支持者や賛成者の代理人ではない。我々の政府の形体の下では、立法者は自らの判断を行使し、選挙区を代表する義務を負うのである。彼らが単なる手先や道具に過ぎないと示唆するのは立法者を侮辱するものである。
ゴーサッチ裁判官の補足意見(トーマス裁判官同意)
法廷意見に全面的に同意するが、投票権法が、2条に基づき訴訟原因を与えているかどうかという問題につき、当裁判所は本日の判決で取り上げる必要がなく、また取り上げていないことを指摘しておきたい 。
ケーガン裁判官の反対意見(ブライヤーおよびソトマヨール裁判官が同意)
法廷意見が、アメリカの偉大さの記念碑として立ち、その基本的な衝動から守っている法律を、弱めるために書き換えてしまったのは悲劇的である。
投票権法2条は、「結果となる(result in)」という文言および立法経緯から、制定の動機に対して、選挙の慣行の結果に焦点を当てたものである。
「平等に開かれている」という文言について、ある人種グループの構成員にとって投票を行うのが困難になっている場合には、平等な機会は存在しないというべきである。
「事情の総合」テストは、州の利益を考慮に入れることができるが、露骨に人種差別的な法律であっても人種以外の合理性を提示するのは容易であるから、それを額面通りに受け取るべきではないし、原告がより人種差別的でない方法でその利益を達成できることを立証した場合には、真正かつ強い利益でも十分ではない。
多数意見は無法地帯(law-free zone)を作り出しており、文言を放棄して、ほとんど自分たちで作り上げた要素による基準を採用している。
2つのアリゾナ州法は、両方ともマイノリティに対し差別的な効果を与えており、投票権法2条に違反する。
5 判例研究
(0) 本判決に対する評価
・投票の抑圧を2条の下で争うのを著しく困難にするもの。Watts 2021, Muller 2022
・投票権法の目的(選挙における差別の防止)に反している。Watts 2021, Harv. 2021
・2条の歴史と文言に反している。→広範な文言に依拠して、司法裁量を用いて、新たなルール、基準を作り出している。Harv. 2021
・「異なる効果」理論に敵対的。→他の差別禁止法にも波及しないか懸念される。Harv. 2021
・1940年代以降のどの時点と比較しても、最高裁は選挙法の事件に関心を持たなくなっているといえる。Rucho v. Common Cause (2019)などの他の判決とあいまって、各州がどのように選挙を運用するかにつき、連邦裁判所が監視する役割はより小さくするべきと示唆している。Muller 2022
・最高裁が憲法判断の回避を回避したことが目立っている。本判決は投票権にとって明らかな敗北であるが、今後の再区割や投票権法の合憲性に与える影響はさらに悪いものになる可能性がある。Crum 2022
(1) 投票権法2条と5条
2条
投票価値減殺訴訟 5条
事前承認
訴訟(手続)の当事者 有権者
対
州・地方自治体 州・地方自治体
対
連邦司法省
立証責任 有権者は、
選挙区割法が「事情を総合した上で」少数者の投票価値を減殺する結果(おおよそ人口に比例した数の代表を送り出せていない)となっていることを立証する。 州や地方自治体は、
選挙区割法が少数者の地位を後退させる意図も効果もないことを立証しなければならない。(non-retrogression rule)
救済 裁判所による再区割命令 当該法律を施行できない。
備考 Shelby County v. Holder,
570 U.S. 529 (2013)により、4条(b)項による対象地域の指定が違憲とされたため、施行停止。
・1982年改正・・・25年間の延長。2条の改正で、それまで第14修正・第15修正を根拠として争われてきた投票価値減殺訴訟(vote dilution claim)において、結果のテスト(「事情の総合(totality of circumstances)」)を採用し、差別的意図の立証が必要であるとしたMobile v. Bolden, 446 U. S. 55 (1980)を覆す。
(2) 投票の抑圧
(i) 写真付きID法
2000年の大統領選挙でフロリダ州の選挙における不備が問題となり、実際には存在しなかった「不正投票」に焦点が当てられて、2002年アメリカ投票救済法(HAVA)が制定された。その際、カーター・フォード委員会は、投票のためにIDが必要であるということに同意してしまった。そこで、嘘が本当になってしまったAnderson 2018。同委員会は、「全国で1,900万人の有権者が運転免許または州政府の発行する写真付きのIDを持たず、若者、老人、貧困者、アフリカ系の人々が不釣り合いに悪影響を受けやすい」と見積もっていた。
インディアナ州で共和党議員により「票が盗まれるおそれ」により、人々が選挙制度に対する信頼を失いつつあるということが強調され、投票するためには政府の発行した写真付きIDが必要であるとの州法が2006年に制定された。
合衆国最高裁は、Crawford v. Marion County Election Board, 553 U.S. 181 (2008)において、州の利益はやむにやまれぬものであり、州法は有権者に投票箱へのアクセスを妨げる実質的な負担を課していないという理由で、6対3で合憲判決を下した。
2008年にバラク・オバマが1,500万人の新しい有権者のうち69%の支持を得て黒人としてはじめて合衆国大統領に当選したが、2010年の中間選挙で大敗したことで(選挙前は27の州議会で民主党が多数であったが、選挙後は26州で共和党が多数を占めるようになった)、2011年から12年にかけて、41州で180もの法案が提出された。
共和党が権力を掌握したのは、党の理念の力ではなく、集団的な投票権の剥奪に基づいており、それは権利だけではなく、投票が象徴する人間性の「核(talisman)」を否定するものである。Anderson 2018
(ii) 期日前投票・不在者投票の制限
2020年大統領選においてトランプが敗北したことで、共和党が州議会を牛耳るテキサス、ミシガン、ジョージアでは一層厳しい投票抑圧立法が制定された。
特にジョージア州法は、①不在者投票の申請をオンライン上に限定し、州や地方自治体から多数人に申請用紙を送ることを禁止する、②新型コロナウイルスが流行していた時期に1万人以上の有権者が利用した移動式投票所を禁止する、③不在者投票のときにもサインに加えて、運転免許証の番号または同等のIDの番号が必要であると規定する、④投票所の列に並ぶ人に飲食を与えるのを犯罪とする、などの規定を含む。
(iii) 有権者名簿からの有権者氏名の抹消
定期的に有権者名簿をアップデートし、死亡したり転居した者の氏名を抹消することになっているが、データの誤りや、同姓同名の者、同じ住所に複数人が住んでいる場合にそれら氏名をいい加減に抹消してしまうと、投票ができないか、仮投票しかできなくなる。
(3) 今後の展望
・United States v. Georgia (N.D.Ga.)においてどのような判決が下されるか。
・Shelby判決および本判決を是正するための連邦法John Lewis Voting Rights Amendment Act of 2021 (H.R. 4)を連邦議会で可決することができるか。
【参考文献】
CAROL ANDERSON, ONE PERSON NO VOTE: HOW VOTER SUPPRESSION IS DESTROYING OUR DEMOCRACY (2018).
Wesley N. Watts, Trumped; Intentional Voter Suppression in the Wake of the 2020 Election, 73 MERCER L. REV. 395 (2021).
Travis Crum, Deregulated Redistricting, 107 CORNELL L. REV. 359 (2022).
Derek T. Muller, Brnovich v. DNC: Election Litigation Migrates from Federal Courts to the Political Process, 2021 CATO SUP. CT. REV. 217 (2022).
Voting Rights Act of 1965 - Section Two - Disparate Impact - Brnovich v. Democratic National Committee, 135 HARV. L. REV. 481 (2021).
拙稿「投票権法2条と小選挙区における少数者(マイノリティ)の過半数要件:Bartlett v. Strickland, 129 S.Ct.1231(2009)」比較法学45巻3号172頁(2012)