Allen v. Milligan, 143 S.Ct. 1487 (2023)
アラバマ州の選挙区割法が投票権法2条に反するとして争われ、州側および最高裁の少数意見による同条の解釈の抜本的変更ならびに違憲論の主張が、多数の裁判官によって斥けられた事例。
1 事実
2020年の国勢調査によると、アラバマ州では州の人口が5.1%増加し、黒人人口の割合は約27%となった。割り当てられた連邦議会下院の議席数は7である。582 F.Supp.3d 924, 935, 1024. 国勢調査後、アラバマ州議会議員らが原告となり、2011年に制定された選挙区割法は一人一票原則に違反し、かつ人種ゲリマンダーにあたるので平等保護条項に違反すると主張して、連邦地方裁判所に提訴した。この訴訟が係属中に、同州の選挙区割り委員会が再区割の作業を開始し、専門家に依頼して新しい区割を作成し、それが法律(HB1)となったが、2011年法同様、HB1には黒人が過半数を占める選挙区が1つしかなかった。
3組の原告が、HB1は①投票権法2条に違反する、②第14修正の平等保護条項に違反する、③平等保護条項の下で許されない人種ゲリマンダーであると主張して、州務長官がHB1に基づいて連邦議会選挙を実施することの差止めを求めて提訴した。
連邦地裁は、HB1が2条に違反するかどうかという問題は、「判定のきわどいもの(a close one)」ではないとして、同州が将来の選挙においてHB1を用いることの仮差止めを認めた。Singleton v. Merill, 582 F.Supp.3d 924, 936 (ND Ala. 2022).
州側は合衆国最高裁判所に仮差止めの停止を申し立て、最高裁はこれを認めるとともに、事件移送令状の申請を認めた。
2 争点
黒人多数選挙区が1つしかないアラバマ州選挙区割法(HB1)は、投票権法2条に違反するか。
3 判決
原判決維持。ロバーツ首席裁判官による5対4の法廷意見(ただしIII-B-1を除く)。
4 判決理由
II
HB1が投票権法2条に違反するという主張につき勝訴する合理的な見込みを原告が立証したという連邦地裁の原判決を維持する。
A (先例Ginglesの判断枠組み)
先例Thornburg v. Gingles, 478 U.S. 30 (1986)によれば、2条に基づく請求の核心は、ある特定の選挙に関する法、慣行または社会的・歴史的諸条件と相互に影響し合う制度が、黒人および白人の有権者により享有される機会の不平等の原因となっていることである。マイノリティおよびマジョリティの有権者が一貫して異なる候補者を支持し、かつ、マイノリティの有権者が自らの選んだ候補者を選挙のたびに敗北させているマジョリティの有権者人口に埋没させられてしまっている場合にそのようなおそれが大きい。
Ginglesの下で2条の違反を立証するためには、原告は3つの「前提条件」を立証しなければならない。第1に、マイノリティ集団が、合理的に設計された選挙区において多数を占めるほど十分に大きく、かつ地理的一体性があること。第2に、マイノリティ集団に政治的一体性があること。第3に、白人マジョリティが、マイノリティの選んだ候補者を敗北させることができるほど十分にブロックとして投票を行っていること。最後に、3つの前提条件を立証した原告は、事情を総合して、政治過程がマイノリティの有権者に平等に開かれていないことを立証しなければならない。
Ginglesは37年前に下されてから我々の投票権法に関する法理を支配しており、連邦議会はGinglesの解釈した2条の我々の理解をかき乱したことは一度もない。 
B (本件への当てはめ)
連邦地裁が、黒人有権者は「合理的に設計された」2つ目の選挙区において多数を構成できると認定したことは正しい。原告は、伝統的区割原理に合致した2つの黒人多数選挙区を含む11の地図を提示しており、これはアラバマ州が制定することもできた選挙区割図の例である。原告の地図のいずれも、十分な一体性を有すると認定することを困難にするような「触手、ぶら下がった付加、いびつな形状、その他の不規則性」を含むものはない。それらは、人口が等しく、連続性があり、カウンティ―、市、町のような既存の行政区画を尊重しているので、その他の伝統的区割原理にも合致している。原告の提案する地図のいくつかはカウンティ―の境界線を分断していることは確かだが、州の地図と同数かまたはそれよりも少ない。  
州は、同州南西にある湾岸部は利益共同体であるので、原告の地図がそれを2つの選挙区に分けたのは誤っていると主張する。2人の証人しかそのように証言しておらず、しかもそのうち1人の証言は「部分的で情報が偏っており、裏づけに乏しい」。さらに、たとえ湾岸部が利益共同体にあたるとしても、原告の地図はブラック・ベルトと呼ばれる異なる利益共同体(郊外にあり、貧困が集中し、政府のサービスにアクセスするのが不平等で、充分な医療サービスがなく、南北戦争前に多くの奴隷が働かされていた地域)を1つにまとめたものであるので、合理的に設計されたものであるといえる。
Ginglesの第2・第3の前提条件について、連邦地裁は、「黒人有権者に政治的一体性があり、争われている選挙区において白人マジョリティが、黒人有権者の支持する候補者を通常敗北させるブロック投票を行っていることに大した争いはない。」と判断した。
連邦地裁は、「平均して、黒人有権者が選んだ候補を票の92.3%で支持しているのに対し、白人有権者は、黒人の支持する有権者を15.4%しか支持していない。」と特記している。
最後に、連邦地裁は、原告は事情の総合の段階での立証責任を果たしたと結論している。「アラバマ州における選挙は人種的に分極化しており、黒人のアラバマ州民は州全体の選挙ではほとんど全く勝つことができず、アラバマ州における政治的キャンペーンは露骨または婉曲な人種的訴えかけにより特徴づけられ、アラバマ州の広範な人種および投票に関する差別の歴史は否定しようがなく、よく記録されている。」
我々は連邦地裁の入念な事実認定に口を挟む理由はない。それは明白な誤りの審査に服し、アラバマ州によっていかなる点でも争われていない。また、連邦地裁は我々の先例を誠実に適用し、現行法の下で、HB1は2条に違反すると正しく判断しているのであるから、連邦地裁の法的結論を覆す根拠もない。
III (アラバマ州の主張する「人種中立評価基準」)
アラバマ州は、2条の法理を新たなものに作り変えようとしており、その中心にあるのは「人種中立評価基準」と呼ばれるものである。現代のコンピューター技術を使えば、地図作成者は決められた州の選挙区割図となりうるものを数百万も作成できるようになった。こうした地図は伝統的な区割原理に合致するが、人種を考慮しないように設計される。地図作成者は、それぞれの地図について、いくつのマイノリティ多数選挙区が存在するかを判定し、数百万の地図全部について、マイノリティ多数選挙区数の中央値または平均値を計算する。この数値が人種中立評価基準と呼ばれる。
州は、この評価基準が2条のケースにおいて比較のポイントとなるべきであると主張している。この評価基準は、州によれば、「人種中立的な」地図から引き出されたもので、人種を第一に考慮に入れていないのであるから、「人種を理由として」何人の投票権も「奪いまたは制限」することがない。それゆえ、2条のケースにおいて裁判所は州の地図におけるマイノリティ多数選挙区の数を評価基準と比較するべきである。もしこれらの数値が類似していれば、つまり、このように州の地図が評価基準に類似していれば。州の地図は「人種を理由として」何人の投票権も「奪いまたは制限」していない。
アラバマ州は、2つの理由からその手法が採用されるべきであると主張する。第1に、人種中立評価基準は、投票権法の文言に最もよく合致する。2条で政治過程が「平等に開かれて」いなければならないというのは、州の地図が「人種を理由として投票を妨げまたは著しく困難にする障害もしくは負担を課してはならない」という意味である。州の地図が人種を考慮したことのない地図と類似している場合には、これらの障害は存在しない。第2に、Ginglesの枠組みは、選挙区割において人種的比例代表を義務づけることに帰着する。「Ginglesは、黒人多数選挙区がもう1つ作成できるならば、作成しなければならない」ことを要求しているが、その種の比例代表は、連邦議会の行った妥協、2条の文言および合衆国憲法が投票における人種差別を禁止していることと矛盾する。
アラバマ州によれば、実際に人種中立評価基準を適用するのに、2条の原告は少なくとも3つの立証が必要であるという。第1に、Ginglesの第1の要件のために原告の提示する地図は、人種に基づくものであってはならない。第2に、原告は、事情の総合の段階において、州の制定した区割が、人種を考慮に入れずに作成された平均的区割から乖離していることを立証しなければならない。最後に、原告は、州の区割と人種中立的区割の間のいかなる相違も、人種によって「のみ」説明可能であることを最終的に立証しなければならない。これは、例えば州で自然に生じる地理や人口統計により説明できるものであってはならないということである。
A1(「人種中立評価基準」は先例に抵触する)
2条は差別的意図ではなく、差別的結果の存在を問題にするのだということを我々は繰返してきており、投票権法において連邦議会が「人種を理由として」という文言を用いたのは、人種または体色に「関して」という意味であり、人種差別の目的を要するということを含意するものではない。それゆえ、州の選挙制度が投票価値を減殺するように作用している場合には、個々人は政治過程に参加する平等な機会を欠いている。それは、過去および現在の政治的その他の現実に鑑みて、個人が信頼でき意味のある方法で政治過程に参加することができないようにされている場合に生じる。言い換えれば、マイノリティ有権者が、マジョリティの住民とは異なり、州内の実質的な人種差別を背景として生じた、人種の線に沿ったブロック投票に直面し、マイノリティの一票をマイノリティでない有権者の一票と等しくないものにしている場合、その選挙区は平等に開かれてはいない。
対照的に、州による2条の読み方は、我々の先例に真っ向から抵触するものである。アラバマ州は、その地図が人種中立的な代替案に類似していれば「人種を理由として」ある者の投票権を制限することはないと主張する。しかし我々の先例によれば、原告の提示した地図からかけ離れているというのは、人種を理由として異なる効果が生じている可能性があるということであって、Gingleの残りの基準が、分極化した投票嗜好や州により過去および現在とられてきた人種差別的行為の頻度に目を向けることにより、その可能性が現実のものであるかどうかを判断するのを助けるのである。
さらに、2条の下での州の責任は、「事情の総合」により判定されるが、アラバマ州は、州の地図が評価基準に匹敵するかどうかという1つの状況だけが大事であると示唆している。我々は、40年近くも「我々の2条の法理の基準であり続けてきたGinglesの入口の審査(threshold inquiry)を改訂し再構築する」ような2条の解釈を採用するのを拒否する。
2 (Ginglesは、人種的な比例代表を義務づけるものではない)
アラバマ州は、我々の現行の2条の法理は、2条(b)項ただし書きに反して、選挙区割において必然的に人種的比例代表を要求することになっているので、人種中立評価基準が必要であると論じている。しかし、適切に適用されるならば、Ginglesの枠組み自体が比例代表に対して意味のある制約を課していることは、我々の先例の示すとおりである。例えば、Shaw v. Reno, 509 U.S. 630 (1993)において、ノースカロライナ州において、2つ目の黒人多数選挙区が許容されるかを我々は審理した。当時、同州は連邦議会下院の議席が12あり、黒人の投票年齢人口は20%であり、州は2つ目の選挙区を設けることが2条により義務づけられると考えていたが、我々は、提案された選挙区が合理的に一体性のあるものでなかったため、その結論を認めず、代わりにその地図を争う原告は、平等保護条項の下で許されない人種ゲリマンダーと言う請求原因を述べていると認定した。
Miller v. Johnson, 515 U.S. 900 (1995)およびBush v. Vera, 517 U.S. 952 (1996)でも同様であり、比例代表を強制することは、当裁判所が2条を執行する手法と合わない。
被上訴人自らが強調しているように、2条は「伝統的な再区割原理に反する選挙区の採用を義務づけることは決してない。」司法が介入するのは、[人種の]選挙過程における過度の役割がマイノリティ有権者が平等に参加する機会を奪っているような、「激しい人種的な政治が行われている場合」に限られる。
B1(アラバマ州の主張する第1の要件:選挙区割の際に人種を一切考慮してはならないとはいえない)
アラバマ州の見解によれば、原告の地図は、人種を全く考慮に入れてはならないのか、それとも単に人種を「優先」してはならないのか明らかではないが、我々はそのような新しいルールを課す理由はない。
我々は、「人種的考慮を意識していることとそれに動機づけられていることとの間」に違いがあることを明らかにしてきた。やむにやまれぬ理由のない限り、人種を支配的要因として選挙区割を行うことは許されず、人種が支配的要因であることと、人種を考慮したということの区別は難しいが、専門家ビル・クーパーは人種を考慮する必要があったが、一体性、継続性、人口の平等などの他の要素にも「等しく重きを置いた」、人種が「支配的なものではなかった」と証言し、連邦地裁も同意しているので、本件で違反があったとはいえない。
トーマス裁判官の反対意見は、クーパーとドゥーチンによる地図の両方が、2つの50パーセント以上の黒人多数選挙区を作るという明示的な人種的な狙いのもとに設計されたので、人種が支配的要因であるというが、第1に、Bethune-Hill v. Virginia State Bd. of Elections, 580 U.S. 178 (2017)に依拠するのは間違っており、第2にGinglesを覆す必要があることになる。地図作成者が全く人種に「盲目」でなければならないというのは我々の2条の判例法に立脚しないものである。
2 (事情の総合:コンピューターにより作成された地図との比較は不要)
事情の総合の段階で、アラバマ州は、HB1はドゥーチン博士の作成した200万の地図と、今井耕介博士の作成した3万件の地図(2つの黒人多数選挙区はどの地図にもない)に十分「類似している」ので2条に違反しないと主張している。しかし、ドゥーチン博士の地図も今井博士の地図もアラバマ州の選挙区割過程を正確に再現していないので、アラバマ州が2人の作成した地図に依拠するのは誤りである。
たとえそれらが適切な比較対象であるとしても、アラバマ州の提案する地図の比較のテストはその根本から誤っている。選挙区割の様々な要素のうち、どの選択が他の選択よりもよいのかを決めるルールや基準を同州は何ら提示していない。2条の文言もその制定時の議論も、投票という基本的権利への「平等なアクセス」がコンピューター・シミュレーションの結果に左右されるとは示唆していない。
アラバマ州は、200万以上の地図で1つより多いマイノリティ多数選挙区を含むものがないので、HB1が2条に違反することはあり得ないと強調している。しかし、アラバマ州で可能な選挙区割図の数は、少なくとも1兆×1兆(1杼)になるという。200万の地図は、決してたくさんの地図とはいえず、実際上はほとんど関連性がない。
3 (差別的意図のテストは否定されている)
アラバマ州の主張する、州の制定した地図と人種中立的な代替案の乖離が人種差別によってのみ説明可能であるという要件は、意図のテストよりも厳しいものであるが、先例および1982年改正に入った立法の妥協は、差別的意図を2条の責任の要件として扱うことを明確に拒絶している。   
C (2条は選挙区割に適用されない、または選挙区割に適用される限りにおいて違憲であるとの州側の主張および反対意見に対する反論)
アラバマ州は、Holder v. Hallにおけるトーマス裁判官の結論同意意見を反映して、2条にいう「基準、慣行、または手続」は「市民が票を投じる能力に干渉するのに使われてきた投票手続の一部を行う方法」のみを意味するので、同条は小選挙区の選挙区割には適用されないと論じている。しかし、我々は2条を州の選挙区割図に40年間途切れずに適用してきており、この2条の理解は我々の先例に反する。連邦議会は2条を選挙区割を争う事件に適用できるという我々の解釈を認識していることは疑いなく、連邦議会が変更するまでは、制定法の先例拘束性がこの道にとどまるよう後押しする。
トーマス裁判官の反対意見は、アラバマ州の主張を超えて、2条は投票箱へのアクセスと票の集計に焦点を当てたものであるので、選挙区割には全く適用されないと論じている。しかし、制定法の文言によれば、「票」または「投票」とは票を有効にするのに必要なすべての行為を含む。
反対意見はまた、1960年代の投票権をめぐる争いにおいて、投票箱へのアクセスに焦点が当てられていたことを制度的に無視していると論じているが、歴史は1960年で止まるものではなく、連邦議会は選挙区割の事件である1980年のCity of Mobile判決に対応するために、2条を改正したのである。
我々はまた、2条は再区割に適用される限りにおいて第14修正に反するというアラバマ州の議論も斥ける。アラバマ州によれば、この修正により連邦議会が立法をすることができるのは、州による意図的な差別だけであるという。しかし、40年以上前のCity of Rome v. United States, 446 U,S. 156 (1980)によれば、投票権法が「差別的な効果を持つ選挙の変更を禁止していること」は、「第15修正の目的を推進する適切な方法」である。
アラバマ州は、第15修正が結果のテストを認めているとしても、2条の違反に対する救済として、人種に基づく再区割を行うことは授権していないと論じている。しかし、過去40年間、当裁判所および下級の連邦裁判所はGinglesにより解釈された結果のテストを適用してきたし、一定の状況の下では、人種に基づく再区割を2条に違反する州の選挙区割図に対する救済として認めてきた。
カヴァノー裁判官の補足意見
III-B-1を除いて法廷意見に同調、ただし4点を強調するために補足意見を書く。
①アラバマ州の議論はGinglesを覆すことを求めるものだが、制定法上の先例を変更するための先例拘束性の基準は、憲法上の先例を変更する場合よりも厳格である。
②アラバマ州は、Ginglesは比例した数のマイノリティ多数選挙区を義務づけると主張するが、Ginglesは比例した数のマイノリティ多数選挙区を命じるものではない。
③アラバマ州は、裁判所は人種を無視したコンピューター・シミュレーションに依拠すべきだと主張するが、2条の文言は意図のテストではなく、結果のテストを確立している。
④アラバマ州は、人種に基づく再区割を行うことは、第14修正および第15修正に基づく救済または予防のための連邦議会の権限を超えると主張するが、当裁判所の先例に照らして説得力がない。トーマス裁判官は、「連邦議会が1982年の時点で人種に基づく再区割を行う権限を憲法に違反せずに授権できたとしても、それは未来永劫延長されるわけではない。」と述べているが、本件でアラバマ州はこの点について争っていないので、判断することはしない。
トーマス裁判官の反対意見(ゴーサッチ裁判官が同調、バレット裁判官およびアリート裁判官が一部同調)
①そもそも投票権法2条は選挙区割の問題に及ばないはずである(Holder v. Hall, 512 U.S. 874 (1994)における結論同意意見参照)。
②たとえ2条が適用されるとしても人種中立的な評価基準が必要であるのに、連邦地裁は黒人が多数を占める選挙区の割合が、黒人人口に比例しているかどうかを評価基準として用いている。
③もし連邦地裁の2条の解釈が制定法の問題として正しいのであれば、2条は本件に適用される限りにおいて違憲であると判示すべきである。
アリート裁判官の反対意見(ゴーサッチ裁判官が同調)
本件にGinglesの枠組みを適用することには同意するものの、「人種ゲリマンダー」に関する先例および比例代表の権利を認めないという2条の文言からも、人種を支配的な要因として選挙区割を行うことはできない。
5 判例研究
5.1.投票権に関するこれまでの法理
5.1.1.投票価値減殺訴訟(vote dilution claim)
(1) 1960年代~1970年代まで 
・White v. Regester, 412 U.S. 755 (1973)
「我々の先例の下で、大選挙区(multi-member districts)はそれ自体違憲ではない・・・しかし、我々は[第14修正の平等保護条項や第15修正を根拠に]大選挙区が人種グループの投票価値(voting strength)を不合理に(invidiously)減殺する(cancel out or minimize)ために用いられているという請求原因を認めてきた。See Whitcomb v. Chavis, 403 U. S. 124 (1971); Burns v. Richardson, 384 U. S. 73 (1966); Fortson v. Dorsey, 379 U. S. 433 (1965).
そのような請求原因を支えるためには、差別を受けていると主張する人種グループがその投票価値に比例した議席を有していないというだけでは不十分である。原告の責任は、(予備選挙での)指名および選挙につながる政治過程が、問題となるグループによる参加に平等に開かれていない、すなわち、その構成員が当該選挙区の他の住民よりも政治過程に参加し自ら選んだ議員を当選させる機会が少ないという認定を支える証拠を提出することである。」
(2) Mobile v. Bolden, 446 U.S. 55 (1980) ・・・「意図のテスト」
「人種差別的な動機が第15修正違反の必須の要素である。同修正は、黒人の候補者が当選する権利を伴うものではなく、政府による「人種、体色または前に奴隷であったことを理由として」投票する自由の意図的な剝奪や制限だけを禁じるものである。」
(3) 投票権法2条(1982年改正)52 U.S.C. §10301
・Mobile判決を覆し、「結果のテスト」を採用。
「(a) いかなる投票資格もしくは投票の前提条件、基準もしくは慣行、または手続は、(b)項に規定されているように、人種、肌の色を理由として、または本編1303条(f)項(2)号に定められた保障に反して、いかなる合衆国市民の投票権を奪いもしくは制限する結果となる方法で、州もしくは下位の行政単位により、課されたり適用されてはならない。
(b) (a)項の違反が立証されるのは、事情の総合に基づき、州もしくは下位の行政単位における指名につながる政治過程または選挙が、その構成員が当該選挙区の他の構成員よりも政治過程に参加し自分たちが選んだ代表を当選させる機会が少ないという点で、(a)項により保護される階層の市民の構成員の参加に平等に開かれていないことが示された場合である。
保護された階層の構成員が州または下位の行政単位において公職に選ばれている程度は、考慮されるべき一要素である。
ただし、本条の規定は、保護された階層の構成員に、人口比に等しい数で選出される権利を確立するものではない。」
・Thornburg v. Gingles、478 U.S. 30 (1986)
小選挙区が特定の人種グループの投票価値を減殺することを争う原告は、①人種的・言語的少数者が小選挙区において多数を占めるほど大きく、地理的一体性があること、②その少数者グループに政治的一体性があること、③多数者が少数者の支持する候補者を選挙で敗北させてきていること(人種ブロック投票)を立証しなければならない。
5.1.2.投票権法5条
・法律による差別の前歴のある州や地方自治体が選挙制度を改正する場合には、連邦司法長官の事前承認またはコロンビア特別区連邦地裁の宣言的判決を得なければ当該法改正の効力は生じない。・・・南部の州や地方自治体を連邦の監督下に置くことで、新たな差別的立法がなされるのを未然に防止。
・Shelby County v. Holder, 570 U.S. 529 (2013)
5条そのものではなく、その適用対象地域を定める4条(b)項を違憲無効とし、事前承認制度を施行停止状態に追い込む。
5.1.3.Shaw型訴訟(人種ゲリマンダーの訴え)← Shaw v. Reno, 509 U.S. 630 (1993)
・人種を支配的要因として選挙区割を行った場合には、厳格な審査基準(strict scrutiny)が適用され、やむにやまれぬ政府の利益(compelling interest)を達成するために狭く作られていない限り(narrowly tailored)、第14修正の平等保護条項に違反する。
・保守派の判事が創り出したもので、本来、投票価値減殺訴訟(投票権法2条)および投票権法5条と矛盾・相克する。 
5.2.本判決における法廷意見、アラバマ州の主張および反対意見の評価(私見)
5.2.1. 法廷意見
・連邦地裁の原判決同様、Ginglesの3要件をはじめとする先例の流れに沿ったもの。
・Per Curiamでもおかしくない?レーンキスト・コート時代のVoinovich v. Quilter, 507 U.S. 146 (1993)を参照。
・投票権法2条に基づく投票価値減殺訴訟とShaw型訴訟は両立しうる。2つの矛盾する要請の間をすり抜ける細い道があることになる。
5.2.2. アラバマ州の主張(「人種中立評価基準」)
・実質的に、1982年改正の「結果のテスト」を否定し、「意図のテスト」を復活させようとするもの。
・コンピューター技術に頼り、現実を見ない「机上の空論」と言うべき。
・法廷意見の指摘する通り、問題は人種ブロック投票など、選挙過程において「人種が物をいう」、過度の影響力を持ちすぎていることにある。しかし、1965年投票権法制定の功績により、民主党が黒人の支持を固める一方、共和党はオバマ大統領の誕生によって危機感を強め右傾化し、トランプ(MAGA)によりかつての主流派・穏健派は隅に追いやられて、政治的な分断・人種的な分極化が一層進んでいる。
・一見、「人種中立的」に見せかけるのは、識字テスト、人頭税、祖父条項、ID法、事前投票の制限・・・の焼き直しではないか。
5.2.3. トーマス裁判官の反対意見
・「2条は選挙区割に適用されない」というのは1982年改正(選挙区割に適用されることが前提、むしろそのために改正した)および先例を無視している。2条違憲論も同様である。
・アラバマ州の主張はトーマス裁判官の持論の焼き直しというべきものである。1994年(Holder v. Hall)のときには1人で「2条の解釈の制度的な見直し」を訴えていたのが、今や3名の判事が同調するまでになった。人種無視というより、先例の積み重ねを無視し、破壊しようとする裁判官が4人もいる今の合衆国最高裁はやはりおかしいのではないか(アーウィン・チェムリンスキー教授のいう”The Conservative Assault on the Constitution”)。
5.2.4. アリート裁判官の反対意見
・「Ginglesの枠組みを適用することに同意する」と言っているが、実際のところポーズだけ?投票価値減殺訴訟の内容を、後発のShaw型訴訟に合わせて改変(換骨奪胎)しようとしている。5条同様、2条も「スマートに使えなくする」意図?
3.学説:投票権法の将来
(1) Hasen 2023
ロバーツ執筆の法廷意見は投票権法2条の合憲性を再確認し、人種を考慮する制定法は人種中立的に解釈しなければならないというアラバマ州の議論を打ち負かした。
Milliganはマイノリティの投票権を拡大する判決ではない。しかし、反対意見に加わった裁判官たちの思い通りになったならば、効果的なマイノリティ代表に大打撃を与え、連邦議会、州議会、カウンティ評議会および教育委員会、ならびに市議会はより白人の占める割合が多くなり、広範な代表がなされないものになっていただろう。
大きな謎は、1982年にレーガン政権において投票権法2条の拡大に反対した中心人物であり、2013年にShelby判決を下し、投票権法を狭く限定する近時の多数の判決に照らして、なぜロバーツ首席裁判官が、人種に基づく救済は適切な場合もあるということを確認する意見を書いたのかということである。
彼が心変わりをした可能性もあるが、よりありうるのは、彼の制度主義者としての側面が作動したということである。
人種を考慮した救済についての懐疑的な見解を改めたのかもしれないし、単に確立された先例をあてはめるだけだとみていたのかもしれない。しかし、2022年選挙の前に、アラバマ州が仮差止めの停止を申し立てた際、ロバーツは停止に反対しながらも、先例の再考または手直しを示唆していた。
首席裁判官のぶれのより納得できる答えは、最高裁が連邦議会および州議会におけるマイノリティの意味のある代表を終わらせたならば社会的な激変や、最高裁に対して生じる軽蔑を彼が予見できたということなのだろう。
長期的には、投票権法は必ずしも安全とはいえない。カヴァノー裁判官は、将来の事件において、状況が変化したので、かつて合憲であった同法のこの部分ももはや合憲ではないというShelbyに似た議論を持ち込むことができると示唆した。
彼は正統性の減衰と、左翼および中道から裁判所への批判の増加に直面して、意識的または無意識的に、裁判所の限られた政治的資産を維持しようとしているのであろう。
中絶の権利の否定や銃を持つ権利の拡大などの問題で、最高裁はすでに合衆国における憲法上の権利の範囲を大きく変えている。Milliganにおける判示は最高裁が保守的な法理において見境なく革命的であるという風評を打ち消すものであり、ロバーツ首席裁判官は長らく制度主義者であり、最高裁の正統性を損なうような最近の公的発表を押し戻した。本件で、少なくとも選挙の文脈においては、彼の制度主義が、人種を考慮する救済に対する長きにわたる闘争を上回ったのだろう。
いずれにせよ、勝ちは勝ちであり、そのように言うのは少し悲しいことだが、投票権の現状を維持する最高裁の判決は祝福に値する。
(2) Harv.L.Rev. 2023
第1に、Milliganにおいて最高裁は、2条は人種を考慮した区割を義務づけるものではないという主張を斥けたが、将来、被告は2条が厳格審査を発動する人種的分類を行うことを義務づけていると論じることが見込まれる。第2に、カヴァノー裁判官が、人種を考慮した区割を義務づける連邦議会の憲法上の権限には失効期日があると示唆したことで、本件でアラバマ州は2条は制定法の解釈として人種無視(color-blind)であると主張したが、将来の被告は2条は憲法上の問題として人種無視でなければならないと論じることが見込まれる。最高裁は投票権法に合致することがやむにやまれぬ利益にあたると仮定してきているが、実際にそのように判示したことはない。たとえ、第14修正に基づく訴訟が2条を違憲無効とすることに結びつかないとしても、原告が勝つのを困難にすることはできる。Milliganは人種を考慮した選挙区割という救済が、2条により義務づけられると判示したのみであり、人種を考慮する2条が人種無視の第14修正に従うべきだという主張をする可能性のみならず誘因があるといってよい。
(3) Ross2023
「1965年に制定されてから2013年のShelby判決に至るまで、投票権法はアラバマ州や他の場所で、投票の差別を止めたり、思いとどまらせるために何千回も用いられた。投票権法が制定され、執行されたことは、有権者登録の大幅な増加と、アラバマ州政府のすべてのレベルで黒人が選挙で代表されることに直接的につながった。
これらの進歩にもかかわらず、投票における人種差別は、今日のアラバマにおいて持続的で顕著な問題であり続けている。連邦裁判所および合衆国司法省は、アラバマ州またはその地方公共団体(political subdivisions)が、意図的な差別に関与したり、その他の方法で投票権法に違反したと繰り返し認定してきた。Shelby判決以降、アラバマ州は、連邦裁判所が1つより多い法域(エヴァーグリーン市およびジェファソン郡教育委員会)について投票権法3条(c)項の事前承認を提出しなければならないと命じた全米で唯一の州である。
今日、5条の事前承認制度が失われ、2条が新たな差別的な投票のルールからの即時の救済を保障することができないことから、差別的なルールを施行される前に止める信頼できる手段が有権者にはない。
新旧の投票に対する制約に対する訴訟は、裁判所で負けることも続いている。アラバマ州における投票は極度に人種的に分極化しており、黒人の候補者が、白人が多数を占める地域で選挙に勝つことは極めてまれである。これらの理由により、連邦議会は直ちに投票権法の保障を制定および拡大し、事前承認条項を回復させる必要がある。」
4.まとめ
・政治指導者が「どれほどニガー(黒人)を負かすことができるかを競う」時代への逆戻り?
・MAGAが幅を利かせ、州議会で共和党優位の状況が続く限り、投票権法の改正は絶望的?
・政治過程からこぼれ落ちたマイノリティに対する救済から司法部が手を引いてもよいか?「何でもありの政治、何でもありの司法」でよいのか?
【参考文献】
Voting Rights Act of 1965-Vote Dilution-Fourteenth Amendment-Allen v. Milligan, 137 Harv. L. Rev. 480 (2023).
Deuel Ross, Voting Rights in Alabama, 2006 to 2022, 25 U. Pa. J. Const. L. 252 (2023).
Robert Barnes & Ann E. Marimow, Why Supreme Court Voting Rights Decision Shocked Legal, Political Worlds, The Washington Post, June 12, 2023.
Richard L. Hasen, John Roberts Throws a Curveball, The New York Times, June 8, 2023.
ローラー・ミカ「【アメリカ】人種的少数者の投票力を希釈する選挙区割りと最高裁判決」外国の立法296-2号1頁(2023年) https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/12969005
中村良隆「ロバーツ・コートにおける投票権の保障」中村民雄(編)『多様化するアメリカと合衆国最高裁判所:ロバーツ・コートの軌跡と課題』105頁(成文堂、2023年)
吉川智志「アメリカにおける人種的ゲリマンダリング訴訟の最前線:アメリカ選挙法の近時の動向の一断面として」選挙研究34巻1号66頁(2018年)
吉川智志「独立州議会理論と合衆国憲法:Moore v. Harper連邦最高裁判決」(有斐閣Online 2023年 9月15日)
アリ・バーマン(著)、秋元由紀(訳)『投票権をわれわに:選挙制度をめぐるアメリカの新たな闘い』(白水社、2020年)