バリスタとソリシタの関係
日弁連マンスリー・レポート(中村が執筆した記事)より
2009年5月号
★ 弁護士業務/弁護士倫理/弁護士会活動/バリスタとソリシタの関係/裁判官
● 出廷ソリシタの質をめぐるバリスタとソリシタの攻防
[編注:イギリスの弁護士は、バリスタとソリシタの2種類に分かれ、バリスタに「訴訟弁護士」、ソリシタに「事務弁護士」の訳語があてられてきたように、バリスタは主に法廷での弁論、ソリシタは準備書面の作成や依頼人との面談、事件の管理などを担当し、2人一組で仕事をするのが伝統的なやり方であった。しかし、近年ソリシタが法廷に立つことが認められるようになったことから、両者の間に競争相手としての対抗関係が生じてきている。特に1992年以降はソリシタも試験に通れば上級裁判所(高等法院(High Court)以上の裁判所をいう)に出廷することが認められ、国の代理人たる勅撰弁護士(Queen's Counsel: QC)の肩書きを得ることも可能となった。]
出廷ソリシタ(solicitor-advocates)の弁論の質は、バリスタや(バリスタ出身の)裁判官から繰り返し槍玉に挙げられてきた。(本誌9月号・12月号参照)
2009年4月に、刑事法院(Crown Court)のグレッドヒル裁判官(Judge Gledhill, QC) は、50,000ポンドの詐欺共謀事件が結審する際に、被告人3名の弁護を担当したソリシタ4名のうち3名の弁論が非常にお粗末なものであり、公判では基本的な実体法および手続法上のルールが日常的に破られていたと非難した。ソリシタの1人は、反対尋問の最中に陪審に直接呼びかけようとし、もう1人は反対尋問のルールを全く分かっておらず、被告人の悪性について陪審に誤った心象を与えたという。ソリシタ1名の能力・経験のなさが目に余り、一時は被告人の防御が不十分であるとの理由で陪審を解任し、公判をやり直すことすら考えたという。同裁判官はまた、問題のソリシタは法律扶助の報酬目当てに不慣れな刑事事件をあえて手放さなかったのではないか、という疑いを口にした。
事件を担当した3つの法律事務所のうち、Bullivant & Partners は、ソリシタの側に非はなく、むしろ、高圧的な態度で臨んできた裁判官の方に問題があったと反論する声明文を発表した。この声明文によれば、グレッドヒル裁判官は、表情や声の調子で絶えず不機嫌な様子を示し、軽蔑した調子で何回となく「ソリシタ」と呼び捨てたという。他方で同裁判官は、法廷にいた唯一のバリスタ(訴追側)には慇懃丁重な態度をとっていたという。
ソリシタ規制局長のアンソニー・タウンゼンド(Anthony Townsend)は、ソリシタが自らの手に余る事件を(バリスタに回さずに)担当することには問題があり、グレッドヒル裁判官の発言を調査に値する重大な懸念を表明したものと受け止めているという。
Fraud case judge slams solicitor- advocates for ‘incompetence', Gazette, 23 April 2009.
2009年4月に、法曹学院(Inns of Court)委員会会長を務めるジャネット・スミス(Janet Smith)裁判官は、上級裁判所に出廷しているソリシタによって行われた仕事の質に問題がないかどうかに関する証拠の提出を求める書簡を裁判官などに送付した。同裁判官の元には、刑事法院で弁論を行っているソリシタのために、若いバリスタが刑事法院での防御の仕事を行う機会を奪われていることを問題視する手紙も届いたという。
バリスタ評議会では、刑事専門の勅撰弁護士、デズモンド・ブラウン(Desmond Browne)を長とする作業班を立ち上げ、問題を検討することになった。上級裁判所出廷ソリシタ(solicitor higher-court advocates: HCAs)に関して言えば、ソリシタは直接に依頼人と接しており、また、仲介業者に紹介料を支払って事件を回してもらうことができるので、競争の条件がソリシタに一方的に有利なものとなっているのは不公平だという。対策として、警察や治安判事裁判所、刑務所などでバリスタの選任を求める権利のあることを周知徹底するキャンペーン活動を行うほか、ソリシタが依頼人に渡す注意書き(client-care letter)の文言を改め、バリスタについて一言入れることも考えられるという。
Bar acts tough over advocacy 'threat', p. 1, Gazette, 14 May 2009.
こうした動きに対して、ソリシタ協会では、スミス裁判官による書簡は、出廷ソリシタに対する偏見に基づくものであり、刑事バリスタによる出廷ソリシタ閉め出しのキャンペーンを後押ししようとするものであるとイゴー・ジャッジ(Igor Judge)首席裁判官(Lord Chief Judge)に対して申し立て、スミス裁判官に書簡を撤回させ、これまでに集められた証拠を廃棄させることに成功した。
ローソサエティ会長ポール・マーシュは、ソリシタであれバリスタであれ、自分の能力を超えるような事件を引き受けるべきでないことは同様であり、現在何千人もの出廷ソリシタが高い質のサービスを依頼人に提供していると述べ、出廷ソリシタが市場で競争する権利を制限しようとする試みには断固とした対応をとると述べた。また、バリスタとの関係では、問題があるのはバリスタ評議会のルールの方なので、そちらを変えればよいとしている。
Top judge in advocacy retreat, p. 1, Gazette, 21 May 2009.
2010年3月号
★ 法曹一元/裁判官/弁護士任官/バリスタとソリシタの関係
● ソリシタから裁判官への途の拡張
ローソサエティでは、近時、ソリシタが裁判官に任官することを推奨するキャンペーンを展開してきている。2010年2月から、ソリシタが法廷で過ごすことが少ないという弱点を補うために、模擬事件で判事としての役割を体験できるビデオ教材を取り入れた新たな研修プログラムを実施することになった。 ローソサエティは、任官希望者に対するセミナーや、裁判官との会談の機会を定期的に提供しており、判事選任手続のガイドフックやソリシタ出身の判事に対するインタビューもホームページ上で公開されている。
New Judiciary package will help more solicitors who want to become judges, 04 February 2010,
http://www.lawsocietymedia.org.uk/site.php?s=1&content=35&press_release_id=1244&mt=34
http://www.lawsociety.org.uk/newsandevents/news/majorcampaigns/view=newsarticle.law?CAMPAIGNSID=256739
2010年2月に発行されたパンフレット「裁判官任官のすすめ(Judicial Appointemnts)」において、ローソサエティ会長ロバート・ヘスレットは、「ソリシタは判事任官を申請するのに、これまでになく良い立場にある。2006年に裁判官任命委員会(Judicial Appointment Commission: JAC)が設立されて以来、多様で皆を代表する司法部を作りだすという方向性に進んできた。そのような大望は一夜で達成することはできないし、またソリシタの任官申請の数を増やすことが必要である。判事任官の手続はソリシタに不利であると多くのソリシタが思っている。どのような推薦が必要であるか、また、どのような職業的、教育的、社会的経歴が必要であるかについての誤解もたいへん多い。しかし、事実はこういった神話から程遠いところにある。」と述べて、裁判官任命委員会と協力して、ソリシタ任官の機会を確保し、任官希望者に実務的な支援を行っていくことを表明している。
http://www.lawsociety.org.uk/new/documents/2010/judicial_advertorial_feb2010.pdf
裁判官の多様性に関する諮問委員会(Advisory Panel on Judicial Diversity)では、2月24日に報告書を公刊した。同報告書は、有能な女性が家庭を持ったときに仕事を失わないよう、柔軟な働き方ができるようにすることや、多様性を判事選任の選考基準の一つとすること、ソリシタがパートタイム判事になる場合に税金の支払いが複雑になるのを避けるため給与の支払い方法を単純化すること、司法調査委員会(Judicial Studies Board)を教育機関に改編し、任官希望者に研修を行うこと、公的セクターで働いている弁護士が利益相反の起こりにくい分野でパートタイム判事として働けるようにすること、などの多様性を増すために53の提言を行っている。
The Report of the Advisory Panel on Judicial Diversity 2010,
http://www.justice.gov.uk/publications/docs/advisory-panel-judicial-diversity-2010.pdf
同委員会の委員長ジュリア・ニューバーガー女男爵(Baroness Neuberger)は、この報告書の発行に際してガゼット誌に「より多くのソリシタが判事になるよう説得することは裁判官の多様性を増すのに欠かせない鍵である」と述べている。
Solicitors 'key' to increasing judicial diversity, Gazette, 25 February 2010.