ネイサン・ターディフの神話
たとえば、きみのひいおじいちゃんがペン (万年筆) で書いたノートがあって、そして彼が亡くなってるとしても、そのノートは、ひいおじいちゃんがそれを書いたときの気持ちまで一緒に伝えてくれるんだ。いいペンといいインクで書いたものならね
彼が万年筆業界でビジネスをはじめたのは、なんと10代前半。にも関わらず、今の彼の事業 (Noodler’s Ink) は、儲ける気が全然無いように見える (たぶんほんとに儲ける気がない)。
世界中のインク価格を引き下げ 、今も無意味な高騰を抑えつづけてくれてる男と呼ばれることもある。
おそらくマサチューセッツの森にある彼の建物で、ひとりインクをつくっている。100種類以上のインクを手づくりで生産し、ひとりで世界中に売っているとも聞くけど、これは未だに信じられない。
それはたとえば、普通のコピー用紙でも滲まず裏写りせず、安心して使えるインク。そして、すぐに乾き、水に濡れても平気なインク。あるいは、氷点下数10度でも凍らないインクや、暗闇で光るインクもある。
万年筆もつくり始めた。このペンのテーマは、「permanent」ではなく、おそらく「自由」。こちらはぼくが勝手に考えたものなので、勘違いの可能性もある。インク同様に彼が世に出したペンも、大手万年筆メーカーや100年以上つづく老舗メーカーたちをも揺るがす製品になる。
彼のペンは、いわゆる flex nib と呼ばれる柔らかくしなるペン先をもつ万年筆。Flex nib は、それまで高価なヴィンテージ万年筆 (たとえば1940年代や50年代に生産されたペン) じゃないとダメで、それを使いこなせるのは伝統的カリグラフィーを真面目に学んだ人だけと考えられていた。その flex nib を、手軽に買える安価な万年筆にして、カリグラフィー的な書き方の楽しさを皆んなのものにしたのだ。 彼はこう言う。
問題は、当時 (10年前)、万年筆好きの人でさえほとんどが flex nib で書いたことなかったし、書こうと思ってもいなかったことなんだ。.. Flex nib のシェアは0.3%に過ぎないって、メーカーもユーザーも、リテイルもそう決めていた。.. Flex nib はヴィンテージじゃなきゃっていう決めつけを、何とかしたかった。.. ぼくはちっともカリグラフィーが得意じゃないけど、flex nib で自分らしい字を書くのを楽しめる。.. みんなが、自分の個性を出した字を書くことを楽しめるってところが、flex nib のすばらしいところだと、ぼくは思うんだ
ペン好きの人たちは、これを flex nib 革命と呼ぶ。
彼のつくる万年筆は、品質の高さや品質管理よりも、安価でだれもが楽しめることを大切にした万年筆。分解して書き味を自分で調整できる万年筆。
ヴィンテージ (失われつつある伝統) を取り戻しながら、他人よりも大きく先へ進む。研ぎ澄まされた、そして枠に収まりきらないセンス。
彼の生き方と、その表現そのものであるインクやペンの評価をめぐっては喧々諤々。小学生から年配の人まで、幅広い人たちが彼やその製品を応援している一方で、もう彼のインクは一切使わないと宣言するペン好きもいる。
で、ぼくはどちらかというと、お察しのとおりの前者。彼のような人がいることを思い出すだけで、ちょっと元気になれる。彼と同時代に生活し、今も成長をつづける彼のインクやペンを楽しめる幸運にも感謝している。
彼はこうも言っている。ペン好きにとっては、これ以上にない頼もしいものであり、そう胸をはって言える彼のことを、少し羨ましく思ったりもする言葉。
ぼくは、ぼくの大好きな筆記具 (=万年筆) を守るために、インクをつくっている
(Revised at 7:55 on August 12, 2018)
(Revised at 6:30 on July 17, 2018)
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