最初の祝祭節
「恐れ入りますが、明日から二日ほどお休みをいただきます」という彼に、二日といわず三日でも四日でも好きに休むよう言ったら、それではお付きの騎士として面目が立ちませんので……とニコニコ笑っていて呆れてしまった。
「久しぶりに家族と過ごすのではなかったの。なにも祝祭節にまで出仕しなくても……」
無論、祝祭節を迎えるにあたって、王宮は非常に忙しいので、出仕する者はほとんど詰めっぱなしではある。王と王妃には祝祭節の間も儀式や式典があり、王太子である兄とその妻である王太子妃も例外ではなかった。自分のいるこの王子宮は、その喧騒に比べたら静かなものだ。自分には、祝祭節で王族に課せられる儀礼の役割がなかった。宮には必要最低限の人手を残して、あとは皆下がらせるのが通例だった。
「そうなんですが、俺の実家はすぐそこですし、親類は騎士団の関係者ばかりなので、そう久しくもなく……それに仕事していた方が俺は楽しいので」
仕事中毒かと心配すると、カノン様にお仕えできることが喜びなので!と張り切っていて苦笑した。その翌朝、いつも朝の支度が終わる頃には朗らかに挨拶しながらやってくるはずのユーベルントの姿が見えないことに一瞬不安になり、昨晩暇を貰っていたことにすぐ思い至って自嘲した。わたしとばかりいては息が詰まるだろうとやや突き放した言い方をして彼を下がらせたにもかかわらず、いつも賑やかな彼がいなくて落ち着かないのは自分の方だった。祝祭節の時期は、国民は扉の内側で厳かに過ごす慣習となっていて、それは王族も例外ではない。去年までは姉上と、朝から晩まで一緒にいて、選りすぐった茶や菓子とともに、歌や詩の朗読などをして過ごしていた。今は手許の本の頁をめくって、暖炉の爆ぜる音に耳を澄ましながら、雪の振り始めた窓の外を眺めている。
冬の雲の色は、彼の髪の色だった。わたしの騎士は今頃、どうしているのだろう?今はただ素直な気持ちで、彼の声が聞きたかった。
***
二日後、おはようございます!と元気よく登場した彼の顔に、実は安堵するより先にあまりの溌剌ぶりに度肝を抜かれてしまった。
「どうかされましたか?」
「いや……きみは……元気がいいな……とても」
祝祭節はあと一日ある。五日間の祝祭において最も重要なのは四日目の夜なので、つまり普通の国民なら今日は家でゆっくり過ごしているはずなのだが、きちんと団服に身を包んで出仕してきたユーベルントにも、彼が休みの間はずっと酒盛りだったと語るのにも全く違う文化圏の話のようで驚いた。
「そう、まあ、息抜きになったのならよかった」
実のところきみがいないとひどく静かで参ったと、喉元まで出かかった言葉がなんとなく気恥ずかしくなって口に出すのを躊躇う。それを聞いた彼がなんと返すか、容易に想像がついてしまう。え?ほんとですか?俺も寂しかったですよ、とか。ああ、いかにも彼が言いそうだなんて、こんな傲慢なことを考えるようになった自分に赤面しそうだった。彼がいつもあまりにまっすぐ好意を向けてくれるのに、甘えてしまっている。
「ああ、でも俺は、カノン様にお会いできない間とても寂しかったです」
「え」
反省した次の瞬間本人の口から予想通りの言葉が出てきて、まるで胸の内を言い当てられたみたいで心臓が飛び出そうだった。
「雪が降って……街には祝祭節に合わせて昼間に大きな市が出ておりまして、たいへん盛況なんですが、色とりどりにキラキラしていて……カノン様とこの町並みをご一緒できたらどんなに楽しいだろうと、実はそんなようなことを」
考えていました、と言いながら彼がいつのまにやら持っていた包みから取り出したのは、白銀の雪が舞うドーム型の小さなオブジェで、中央に据え付けられた愛らしい子供と小さな竜の像が、諸手をあげて雪片を受け止めていた。受け取って、その精巧とは言い難いつくりだが、あたたかみのある細工に嘆息した。
「まあ……」
「市井のもので恐縮ですが、せっかくなのでなにか手土産をと思いまして……これ、人気なんだそうです。毎年中に配置される像が違うとかなんとかで」
「これ、ヴィスロワの十四季になぞらえてあるんだろうね」
「あ、そういえば店主になにかそんなような説明をされたんですが」
「祝祭節のはじまりの伝承のひとつだよ。今年は竜の子と男の子の話なんだ。ふふ……皆はこうしたものを買い求めて、それぞれ楽しんでいるんだな」
傾けて机の上に置き直すと、ドームの中で白い粉がふわふわと舞い始めた。
彼も、雪が降るのを見ていたのだ。そうして、自分になにか渡そうと思ってくれた、その気遣いが、自分でも驚くくらいに嬉しかった。姉上以外の誰かが、自分を覚えていてくれたことが。
「ありがとう、ユーベルント」
「あなたが気に入ってくださったならよかったです」
それを聞いて、今なら自分に素直になれそうな気がした。
「わたしも……きみのことを考えてた。きみがいないと、静かで困ったよ」
「え!本当ですか?じゃあ来年はお暇はいただかずにずっと出仕しててもいいでしょうか?うるさくしないようにするので……」
なにしろ実家はうるさいし全員騎士団関係者で気が休まらないしで……と続けるのが、おかしかった。帰ってきたんだなと思った。こんなにすっかり日々に溶け込んでしまっている。
「いいよ。きみがつまらなくなければだけど……」
「つまらないだなんて、思ったことありませんよ」
そう言って屈託なく笑うのが、彼が本心でそう言っているのだと自然と伝わって、本当に嬉しかった。
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