反脆弱性
普通、脆弱、つまり「打たれ弱い」の反対語は「頑健」だと思われるが、そうではなくむしろ「打たれることにより強くなる」ものがあるべきだ、ということで「反脆弱性」という言葉を作り出し、本書の中心的な概念として用いている。
脆弱(打たれ弱い)⇔頑健(打たれても変わらない)
ではなく
脆弱(打たれ弱い)⇔反脆弱(打たれて、より強くなる)ものというわけだ。
今までの経済学であれば、「いかにブラックスワンを予測して、それに対処するか」というのが基本スタンスであったのだが、タレブは全く違う。ありえないと思っていたことが起こることがブラックスワンなのだから、起きる可能性を予測するのは無意味だ。
ブラックスワンを予測するのではなく、ブラックスワンに耐えられる反脆弱性を見につけるべきなのだ。
衝撃を利益に変えるものがある。そういうものは、変動性、ランダム性、無秩序、ストレスにさらされると成長・繁栄する。そして冒険、リスク、不確実性を愛する。こういう現象はちまたにあふれているというのに、『脆い』のちょうど逆に当たる単語はない。本書ではそれを『反脆い』または『反脆弱』(antifragile)と形容しよう」
「反脆弱性」とは、「なんらかのストレスや圧力により、かえってパフォーマンスが向上する性質」 衝撃を抑え込むのではなく、利益にする
脆弱:荷物に衝撃を加えると壊れる
頑健:荷物に衝撃を加えても頑丈なので影響を与えない
反脆さ:荷物に衝撃を与えれば与えるほどプラスの効果がある
「無秩序をむしろ糧とする独特のしなやかさ」といったところだろうか。耐える強さだけでなく、不確実性を利用してしまう逞しさを兼ね備える、そんな動的な面をも含む性質のようである。
バーベル戦略
本書でもう 1 つ興味深かった話として,「バーベル戦略」があります.これは反脆弱性 (= ダウンサイドを減らしアップサイドを増やす) を実現するための戦略で,一方で極端なリスク回避 (90%) をおこない,もう一方で極端なリスクテイク (10%) をおこないます.極端なものが両極にあり,真ん中に何もないため,バーベル戦略と呼ばれています.これにより,10% 以上何かを失うことはない一方で,膨大なプラスの可能性を同時に持つことができます.これは資産運用や企業経営など,多くのものに適用できるように思います.
ーー
「反脆弱性」は無秩序を歓迎する
──「反脆弱性」という用語は現在、物理学、生物学、都市計画、金融、医学、心理学、さらには哲学の分野の学術論文で数千回引用されています。金融からバスケットボールまで、「反脆弱性」に関して10冊以上の本が書かれています。この現象をどう説明されますか?
一定の限度を超えないのであれば、無秩序にも利点があります。私はトレーダーですので、「一群の無秩序(無秩序のクラスター)」から利益を得る金融取引を専門としています。無秩序とは具体的には、コロナ初期に我々が目にしたボラティリティ(価格変動の激しさ)やショック、危機、変動性、パニックといった現象です。
もし脆弱性を「無秩序を嫌うもの」と定義するのであれば、その対極にある「反脆弱性」についても正確な定義をすることができます。
ペルシャ語からモンゴル語まであらゆる言語で検索しましたが、この概念を表す言葉が見つかりませんでした。だから、「反脆弱性」という言葉を自分で考案しました。
この性質は金融以外にも広がっているに違いないと感じていましたが、数学的に「脆弱性」を定義したときに、それを確認することができました。それで専業トレーダーをやめて最初にやったことが、この「脆弱性」の形式化に着手することでした。
──「反脆弱性」が好むものには、どんなものがありますか?
ボラティリティ、ショック、危機、変動性、パニックのほかに、誤差と時間も加えることができます。私はこのうちひとつを好きな人は、全部を好きになるということを発見しました。
たとえばこのコーヒーカップは、こうしたものをすべて嫌っていて、平和と静けさを好みます。コーヒーカップが時間を嫌うのは、時が経つといずれ割れてしまうからです。
とはいえ、無秩序を好み、しかもそれを必要とするものもあります。無秩序がなければ、「脆弱」になるものの場合です。
──いくつか例を挙げていただけますか?
簡単な例を挙げると、もし体をストレス要因にまったく晒さないでおくと、弱って年齢よりも早く老化してしまします。あらゆる組織はストレス要因を通して、環境とつながりあっています。ダンベルで鍛えれば、体は強くなるのです。
経済学者は、経済もまた組織的なものであり、小さな衝撃を必要としていることをほとんど理解していません。森の中で小さな火事が起こらないようにすると、その間に燃えやすい物質が堆積し、将来、大火事が起こった時に、被害が大きくなってしまいます。
金融の過度の安定によって小さな不況が起こらなくなると、「業績の悪い」企業が再編する機会が失われてしまいます。この状況は脆弱性を高めることになります。加えて、収益が安定しすぎている企業も改善がなく、倒産する傾向があります。何らかの限定的なショックが必要なのです。
──「限定的」というと?
金融界の外では、無制限の無秩序を好むものはありません。私たちが必要とするストレス要因の度合いはさまざまです。多すぎても少なすぎてもいけません。
たとえば、2年もベッドで横になっていたら、骨が弱くなってしまいます。背中に体重をかけると強くなりますが、体重をかけすぎると体は壊れてしまいます。50センチ跳べば体を鍛えられますが、5メートルの高さから飛び降りれば死んでしまいます。
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「反脆弱性」のない大企業は倒産する
──では、この仕組みをどうやって組織に取り入れたらいいのでしょう?
「小さいことは美しい」という価値観を通してです。ある水準を超えると、大きいものは脆弱になり、衝撃に耐えられなくなります。ゾウはネズミよりも脆弱です。ゾウはネズミより長生きしますが、より絶滅の危機にさらされています。
たとえば、英国の政府系プロジェクトで費用超過となるケースは、1億ユーロ(約126億円)の大規模プロジェクトでは平均30パーセントであるのに対し、500万ユーロ(約6億円)のプロジェクトではもっと少ないという研究があります。
大企業は政府の支援がなければ、規模に見合うリターンがなく、破産します。生き残っている企業はたいてい中小企業です。ミッテルスタンド(中小企業ネットワーク)を擁するドイツの経済的成功がそれを証明しています。
──では大企業はすべて倒産するというのですか?
いや、どんな会社にも理想の規模があるということです。レストランの経営者はテーブルを50台所有するのも多すぎると感じるでしょうが、自動車メーカーにとっては3万人の雇用でもまだ足りなく思うでしょう。
──「反脆弱性」と「ブラック・スワン(黒い白鳥)」(註:予測できないできごとが起こった時に、大きなインパクトをもたらすこと。またいったんそれが起こってしまうともっともらしい説明がなされることを指す)はどのように関係しているのですか?
反脆弱性のあるものは、「ブラック・スワン」と呼ばれる巨大で予期せぬ衝撃に、うまく持ちこたえることができます。私たちの成長を助け、強くしてくれる小さなリスクと、身を守らなければならない巨大で極端なリスクを区別する必要があります。極端なリスクにはパラノイア的に警戒し、有益な小さなリスクを取るのです。それなのに、現代の官僚主義はその逆に誘導します。
「ブラック・スワン(黒い白鳥)」とは、予測できないできごとが起こった時に、大きなインパクトをもたらすこと。またいったんそれが起こってしまうともっともらしい説明がなされることを指す
「ブラック・スワン(黒い白鳥)」とは、予測できないできごとが起こった時に、大きなインパクトをもたらすこと。またいったんそれが起こってしまうともっともらしい説明がなされることを指す
Photo: Costfoto / Barcroft Media / Getty Images
組織には「有効期限」が必要
──現在『プリンキピア・ポリティカ(政治原則)』という本をご執筆されているそうですが、あなたが最も大切にしている政治理念は何ですか?
「規模の変容」です。反脆弱性の背後にある考え方であり、政治経済にもあてはまるものです。大都市圏は単に「巨大化した村落」なのではありません。大都市圏は不確実な衝撃に対し、村落よりも脆弱になっています。
社会主義はイスラエルのキブツのような小規模共同体では機能しますが、巨大な中央集権国家では機能しません。規模を変える際には、個人個人の行動をただ足し算するだけではなく、それらの間の相互作用も考慮に入れなければなりません。全体は単なる部分の合計以上のものになるからです。
私が大切にしているもうひとつの理念は、あらゆる機関には、有効期限が必要だというものです。これは、反脆弱性を獲得するためです。
──何ですって?
そうです。企業にも市場が決める有効期限があるのです。省庁や大学などすべての機関に、存在が本当に必要かどうか評価する期日を設けてみてはどうでしょう。
必要だとわかれば、次の期日をまた設けます。問題は、これらの機関は自らの「生命を危険にさらす」ことがなく、ミスをしても生き残れることです。飲食店ならば、経営ミスや過ちによる倒産のリスクがあるのにです。
感染症専門家はリスク測定の方法を知らない
──あなたは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらす危機性について、世界にむけて最初に警告を発した思想家のひとりでしたね。
1月末、私が所属する団体が、ウイルス流行の危険性を警告するメモを発表しました(註:ニューイングランド複合システム研究所「新規病原体を介したパンデミックのシステミック・リスク─コロナウイルス」)。
『ブラック・スワン』の中でも、相互のつながりが増した現代社会では、伝染病は増加するに違いないと説明しました。そして、いわゆる「乗算的感染流行」現象に関する、専門家の理解不足を指摘しました。それぞれの患者が他の患者に感染させると、ウイルス汚染は指数関数的に増加します。
この非直感的な現象は、年間の交通事故数のように直線的に増加する、いわゆる「加法的現象」とは大きく異なります。言い換えれば、コロナウイルスをプールへの落下や事故にたとえることはできません、なぜなら伝染性がないからです。
偉大な数学者ブノワ・マンデルブロによれば、伝染病は「ファット・テール分布」(註:極端な変動を示す分布)に分類されるとのことでした。こうした現象は統計学的にはたしかに稀ですが、それらが発生した場合、極端な現象となります──ブラック・スワンで示した金融危機のように。新型コロナウイルスが登場して、マンデルブロの直感が正しかったことがわかりました。
──あなたは、スタンフォード大学医学部のジョン・イオアニディスとイギリスで新型コロナ対策顧問を務めていたニール・ファーガソンという世界で最も有名になった疫学者を激しく批判しました。
感染症を理解するのに重要なのは、一部の地域での病気の性質ではなく、感染の極端な事象に関する統計的特性です。これは、リスクを測定するときに使われる手法です。
疫学はこれを無視しているために、大きな遅れをとっています。 同じことが心理学的研究にも当てはまる。パンデミックの初期に、パニックに陥ることは「非合理的だ」と言っていた心理学者を見てみてください。そのころ、あなたのおばあさんは、警戒しなければいけないと理解していました。
ファーガソンは、この感染症による潜在的な死者数の推計を試み、結果を発表しました。ところが、ひとつの感染症で1000人以上の死者が出るような場合には、予測は無意味です。原因を根絶するしかないのです。
イオアニディスは、多くの人々と同様に、コロナウイルスを交通事故にたとえました。ばかげています。これが確率をほんとうには理解する事なく、確率に基づく研究をする専門家たちの問題です。
イギリスの疫学者で新型コロナ対策顧問を務めたニール・ファーガソン。自身が提唱したロックダウン(都市封鎖)中に自宅に女性を招き入れたことが発覚し、自認に追い込まれた
イギリスの疫学者で新型コロナ対策顧問を務めたニール・ファーガソン。自身が提唱したロックダウン(都市封鎖)中に自宅に女性を招き入れたことが発覚し、自認に追い込まれた
Photo: Thomas Angus, Imperial College London – Imperial College London / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
──あなたは、自分と意見を異にする知識人を躊躇なく直接攻撃します。どうしてですか?
私は大学ではなく、トレーダーとしての仕事の中で確率や統計学を学びました。現場では間違った理論を用いれば、長期的には必ず破産してしまいます。そのせいで、疑似科学的なアカデミズムのたわごとや、厳密さの欠如ががまんできなくなったのです。
私が「インテリだがバカ」と呼んでいる人たちの中で、特に私をイライラさせるのは、人々に生き方を教えたがる、彼らの父権主義的な傾向です。彼らは反脆弱性を理解していません。
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日経
意思決定の前提となる認識論の出発点として、著者はまず、世界を構成する事象の性質を「脆弱」「頑健」「反脆弱」に分類する。「反脆弱性」こそ、新しいアイデアで、本書の中核をなす概念である。従来、物事の性質は相対的に脆弱か頑健かの対立軸でとらえられてきた。しかし、ブラック・スワンに対応するには、頑健なだけでは十分でなく、不確実性・予測不能性から利益を得る「反脆弱な」意思決定が必要である。
著者によると、この世界の構成要素の多くは、非線形的(直線的なグラフではなく曲線的)で、それぞれの曲線は独自のゆがみの構造を持つ。また、多くの事象はアップサイドとダウンサイドが非対称的であり、人間社会の契約の多くには、権利と義務の関係においてどちらかに有利なオプション性が内包されている。優れた意思決定をするためには、こうした構造を明確に理解し、ダウンサイドを抑えアップサイドを極大化する戦略的意思決定が必要だと説く。
こうした意思決定論は金融トレーダー的な色彩が濃いが、著者自身は、自らの思想の源流は古代ギリシャのストア派哲学にあると位置付けている。本書の魅力は、世の中の仕組みをクールに分析すると同時に、極めて現代的な利益追求型の世界観を、古今の哲学倫理思想にからめて論じているところにある。さらに、現在の社会政治システム、経済学やビジネススクールの教育に対して痛烈な批判を加えており、知的刺激に満ちている。そして、この本が今、世界でベストセラーになっているということ自体にも、深い意味がある。