可撓性伸縮ホース事件
「思うに、意匠は物品と一体をなすものであるから、登録出願前に日本国内若しく
は外国において公然知られた意匠又は登録出願前に日本国内若しくは外国において
頒布された刊行物に記載された意匠と同一又は類似の意匠であることを理由として、
法三条一項により登録を拒絶するためには、まずその意匠にかかる物品が同一又は
類似であることを必要とし、更に、意匠自体においても同一又は類似と認められる
ものでなければならない。しかし、同条二項は、その規定から明らかなとおり、同
条一項が具体的な物品と結びついたものとしての意匠の同一又は類似を問題とする
のとは観点を異にし、物品との関係を離れた抽象的なモチーフとして日本国内にお
いて広く知られた形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合を基準として、それか
ら当業者が容易に創作することができた意匠でないことを登録要件としたものであ
り、そのモチーフの結びつく物品の異同類否はなんら問題とされていない。このこ
とを同条一項三号と同条二項との関係について更にふえんすれば、同条一項三号は、
意匠権の効力が、登録意匠に類似する意匠すなわち登録意匠にかかる物品と同一又
は類似の物品につき一般需要者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠に
も、及ぶものとされている(法二三条)ところから、右のような物品の意匠につい
て一般需要者の立場からみた美感の類否を問題とするのに対し、三条二項は、物品
の同一又は類似という制限をはずし、社会的に広く知られたモチーフを基準として、
当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするものであつて、
両者は考え方の基礎を異にする規定であると解される。したがつて、同一又は類似
の物品に関する意匠相互間においても、その意匠的効果の類否による同条一項三号
の類似性の判断と、その一方の意匠の形状、模様、色彩等に基づいて当業者が容易
に他方の意匠を創作することができたかどうかという同条二項の創作容易性の判断
とは必ずしも一致するものではなく、類似意匠であつて、しかも同条二項の創作が
容易な意匠にも当たると認められる場合があると同時に、意匠的効果が異なるため
類似意匠とはいえないが、同条二項の創作容易性は認められるという場合もありう
べく、ただ、前者の場合には、同条二項かつこ書により「同条一項三号の規定のみ
を適用して登録を拒絶すれば足りるものとされているのである。
もつとも、法四九条三号は、「意匠登録出願前にその意匠の属する分野における
通常の知識を有する者が前二号に掲げる意匠(登録出願前に外国において公然知ら
れた意匠及び登録出願前に外国において頒布された刊行物に記載された意匠)に基
いて容易に意匠の創作をすることができた場合における意匠」について、その登録
無効審判の請求期間を制限しており、これに対応する登録無効事由を定めた実体規
定を強いてあげるとすれば、三条一項三号をおいてほかにはないが、このことから
直ちに、同条一項三号に定める「類似」の意味を創作の容易と同義に解し、同条一
項三号は、同条一項一号及び二号に掲げる意匠に基づき当業者が容易に創作するこ
とができた意匠について登録拒絶を定めたものであると解することは、上記の説示
に照らし相当でない。
してみると、右と異なり、同一又は類似の物品の意匠については同条二項を適用
する余地がないとした原審の判断には、同条の解釈を誤つた違法があるというべき
である。」