トリップ・トラップ事件
<応用美術の著作物性>
幼児用椅子に著作物性が認められた事件
知財高裁 平成26年(ネ)第10063号 平成27年4月14日判決
著作権侵害行為差止等請求控訴事件
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原審・東京地方裁判所平成25年(ワ)第8040号:
控訴人製品の著作物性の有無
「(ア)a⒜ 著作権法は,同法2条1項1号において,著作物の意義につき,
「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範
囲に属するもの」と規定しており,同法10条1項において,著作物を例示してい
る。
控訴人製品は,幼児用椅子であることに鑑みると,その著作物性に関しては,上
記例示されたもののうち,同項4号所定の「絵画,版画,彫刻その他の美術の著作
物」に該当するか否かが問題になるものと考えられる。
この点に関し,同法2条2項は,「美術の著作物」には「美術工芸品を含むもの
とする。」と規定しており,前述した同法10条1項4号の規定内容に鑑みると,
「美術工芸品」は,同号の掲げる「絵画,版画,彫刻」と同様に,主として鑑賞を
目的とする工芸品を指すものと解される。
しかしながら,控訴人製品は,幼児用椅子であるから,第一義的には,実用に供
されることを目的とするものであり,したがって,「美術工芸品」に該当しないこ
とは,明らかといえる。
⒝ そこで,実用品である控訴人製品が,「美術の著作物」として著
作権法上保護され得るかが問題となる。
この点に関しては,いわゆる応用美術と呼ばれる,実用に供され,あるいは産業
上の利用を目的とする表現物(以下,この表現物を「応用美術」という。)が,「美
術の著作物」に該当し得るかが問題となるところ,応用美術については,著作権法
上,明文の規定が存在しない。
しかしながら,著作権法が,「文化的所産の公正な利用に留意しつつ,著作者等
の権利の保護を図り,もって文化の発展に寄与することを目的と」していること(同
法1条)に鑑みると,表現物につき,実用に供されること又は産業上の利用を目的
とすることをもって,直ちに著作物性を一律に否定することは,相当ではない。同
法2条2項は,「美術の著作物」の例示規定にすぎず,例示に係る「美術工芸品」
に該当しない応用美術であっても,同条1項1号所定の著作物性の要件を充たすも
のについては,「美術の著作物」として,同法上保護されるものと解すべきである。
したがって,控訴人製品は,上記著作物性の要件を充たせば,「美術の著作物」
として同法上の保護を受けるものといえる。
b 著作物性の要件についてみると,ある表現物が「著作物」として著
作権法上の保護を受けるためには,「思想又は感情を創作的に表現したもの」である
ことを要し(同法2条1項1号),「創作的に表現したもの」といえるためには,当
該表現が,厳密な意味で独創性を有することまでは要しないものの,作成者の何ら
かの個性が発揮されたものでなければならない。表現が平凡かつありふれたもので
ある場合,当該表現は,作成者の個性が発揮されたものとはいえず,「創作的」な表
現ということはできない。
応用美術は,装身具等実用品自体であるもの,家具に施された彫刻等実用品と結
合されたもの,染色図案等実用品の模様として利用されることを目的とするものな
ど様々であり(甲90,甲91,甲93,甲94),表現態様も多様であるから,応
用美術に一律に適用すべきものとして,高い創作性の有無の判断基準を設定するこ
とは相当とはいえず,個別具体的に,作成者の個性が発揮されているか否かを検討
すべきである。
c そして,著作権侵害が認められるためには,応用美術のうち侵害と
して主張する部分が著作物性を備えていることを要するところ,控訴人らは,控訴
人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴,すなわち,別紙3「控訴人製品及び被控
訴人製品の概要」のⅠ⑵(以下「控訴人製品の概要」という。)のとおり「左右一対
の部材Aの内側に床面と平行な溝が複数形成され,その溝に沿って部材G(座面)
及び部材F(足置き台)をはめ込んで固定し,部材Aは床面から斜めに立ち上がっ
ている」という形態に係る著作権が侵害された旨主張するものと解される。
そこで,控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴につき,著作物性の有無を
検討する。」とし、
「控訴人ら主張に係る控訴人製品の形態的特徴は,
①「左右一対の部材A」の2本脚であり,かつ,「部材Aの内側」に形成された「溝
に沿って部材G(座面)及び部材F(足置き台)」の両方を「はめ込んで固定し」て
いる点,
②「部材A」が,「部材B」前方の斜めに切断された端面でのみ結合されて
直接床面に接している点及び両部材が約66度の鋭い角度を成している点において,
作成者である控訴人オプスヴィック社代表者の個性が発揮されており,「創作的」な
表現というべきである。
したがって,控訴人製品は,前記の点において著作物性が認められ,「美術の著作
物」に該当する。」とした。
さらに、応用美術の著作物性につき、以下のように判示している。
「 (ウ)a 被控訴人は,応用美術の著作物性が肯定されるためには,著作権
法による保護と意匠法による保護との適切な調和を図る見地から,実用的な機能を
離れて見た場合に,それが美的鑑賞の対象となり得るような美的創作性を備えてい
ることを要する旨主張する。
⒜ しかしながら,前述したとおり,応用美術には様々なものがあり,
表現態様も多様であるから,明文の規定なく,応用美術に一律に適用すべきものと
して,「美的」という観点からの高い創作性の判断基準を設定することは,相当とは
いえない。
また,特に,実用品自体が応用美術である場合,当該表現物につき,実用的な機
能に係る部分とそれ以外の部分とを分けることは,相当に困難を伴うことが多いも
のと解されるところ,上記両部分を区別できないものについては,常に著作物性を
認めないと考えることは,実用品自体が応用美術であるものの大半について著作物
性を否定することにつながる可能性があり,相当とはいえない。
加えて,「美的」という概念は,多分に主観的な評価に係るものであり,何をも
って「美」ととらえるかについては個人差も大きく,客観的観察をしてもなお一定
の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから,判断基準になじみにくい
ものといえる。
⒝ 被控訴人は,前記主張の根拠として,①著作権法及び意匠法の重
複適用は相当ではないこと,②応用美術とされる商品に著作権法を適用することに
ついては,それによって,当該商品の分野の生産的側面及び利用的側面において弊
害を招く可能性を考慮して判断すべきであり,この点に鑑みると,純粋美術が,何
らの制約を受けることなく美を表現するために制作されるのに対し,応用美術は,
実用目的又は産業上の利用目的という制約の下で制作されることから,著作権法上
保護されることによって当該応用美術の利用,流通に係る支障が生じることを甘受
してもなお,著作権法を適用する必要性が高いものに限り,著作物性を認めるべき
である旨を述べる。
ⅰ 確かに,応用美術に関しては,現行著作権法の制定過程におい
ても,意匠法との関係が重要な論点になり,両法の重複適用による弊害のおそれが
指摘されるなどし,特に,美術工芸品以外の応用美術を著作権法により保護するこ
とについては反対意見もあり,著作権法と意匠法との調整,すみ分けの必要性を前
提とした議論が進められていたものと推認できる(甲90,甲91,甲93,甲9
4)。
しかしながら,現行著作権法の成立に際し,衆議院及び参議院の各文教委員会附
帯決議において,それぞれ「三 今後の新しい課題の検討にあたっては,時代の進
展に伴う変化に即応して,(中略)応用美術の保護等についても積極的に検討を加
えるべきである。」,「三 (中略)応用美術の保護問題,(中略)について,早
急に検討を加え速やかに制度の改善を図ること。」と記載され(甲92),応用美
術の保護の問題は,今後検討すべき課題の1つに掲げられていたことに鑑みると,
上記成立当時,応用美術に関する著作権法及び意匠法の適用に関する問題も,以後
の検討にゆだねられたものと推認できる。
そして,著作権法と意匠法とは,趣旨,目的を異にするものであり(著作権法1
条,意匠法1条),いずれか一方のみが排他的又は優先的に適用され,他方の適用
を不可能又は劣後とするという関係は,明文上認められず,そのように解し得る合
理的根拠も見出し難い。
加えて,著作権が,その創作時に発生して,何らの手続等を要しないのに対し(著
作権法51条1項),意匠権は,設定の登録により発生し(意匠法20条1項),
権利の取得にはより困難を伴うものではあるが,反面,意匠権は,他人が当該意匠
に依拠することなく独自に同一又は類似の意匠を実施した場合であっても,その権
利侵害を追及し得るという点において,著作権よりも強い保護を与えられていると
みることができる。これらの点に鑑みると,一定範囲の物品に限定して両法の重複
適用を認めることによって,意匠法の存在意義や意匠登録のインセンティブが一律
に失われるといった弊害が生じることも,考え難い。
以上によれば,応用美術につき,意匠法によって保護され得ることを根拠として,
著作物としての認定を格別厳格にすべき合理的理由は,見出し難いというべきであ
る。
かえって,応用美術につき,著作物としての認定を格別厳格にすれば,他の表現
物であれば個性の発揮という観点から著作物性を肯定し得るものにつき,著作権法
によって保護されないという事態を招くおそれもあり得るものと考えられる。
ⅱ また,応用美術は,実用に供され,あるいは産業上の利用を目
的とするものであるから,当該実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の機能
を実現する必要があるので,その表現については,同機能を発揮し得る範囲内のも
のでなければならない。応用美術の表現については,このような制約が課されるこ
とから,作成者の個性が発揮される選択の幅が限定され,したがって,応用美術は,
通常,創作性を備えているものとして著作物性を認められる余地が,上記制約を課
されない他の表現物に比して狭く,また,著作物性を認められても,その著作権保
護の範囲は,比較的狭いものにとどまることが想定される。
以上に鑑みると,応用美術につき,他の表現物と同様に,表現に作成者の何らか
の個性が発揮されていれば,創作性があるものとして著作物性を認めても,一般社
会における利用,流通に関し,実用目的又は産業上の利用目的の実現を妨げるほど
の制約が生じる事態を招くことまでは,考え難い。
⒞ 以上によれば,被控訴人の前記主張は,採用できない。
b 被控訴人は,美的創作性に重点が置かれていない工業製品一般に広
く著作権を認めることになれば,著作権の氾濫という事態を招来する,特に,控訴
人製品は,椅子という実用品であり,しかも,控訴人ら主張に係る控訴人製品の形
態的特徴は,椅子に必須の基本的構成である脚部の形状に関するものであるから,
このように創作の幅が制限されたものを一般的に著作物として保護すれば,同一又
はわずかに異なる多くの椅子について著作権が乱立するなどの弊害が生じる旨主張
する。
しかしながら,著作物性が認められる応用美術は,まず「美術の著作物」である
ことが前提である上,前記a⒝ⅱのとおり,その実用目的又は産業上の利用目的に
かなう一定の機能を発揮し得る表現でなければならないという制約が課されること
から,著作物性が認められる余地が,応用美術以外の表現物に比して狭く,また,
著作物性が認められても,その著作権保護の範囲は,比較的狭いものにとどまるの
が通常であって,被控訴人主張に係る乱立などの弊害が生じる現実的なおそれは,
認め難いというべきである。
以上によれば,被控訴人の前記主張は,採用できない。」