知的創造のヒント
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難解な本は一度ではよくわからない。それに絶望しないで、くりかえし読んでいると、そのうちに理解できるようになる。読書百遍意おのずから通ず。古人はそう教えた。思考も同じことで、初めから全体がはっきりすることはすくない。何度も何度も考えているうちに、自然に形があらわれてくる。
頭にたまっていることをきれいにするには、やはり歩くことがもっとも適しているようである。
散歩という言葉はぶらりぶらりのそぞろ歩きを連想させるが、それではカタルシスはおこりにくい。相当足早に歩く。はじめのうち頭はさっぱりしていないが、二十分、三十分と歩きつづけていると、霧がはれるように、頭をとりまいていたモヤモヤが消えていく。
思考が始まるのはそれからである。自由な考えが生まれるには、じゃまがあってはいけない。まず、不要なものを頭の中から排除してかかる。散歩はそのためにもっとも適しているようだ。
現在われわれが継承している文化、学問、知識は、かつて醸造された酒の集積である。時代が下るにつれて、学問が進み、知識の量が多くなると、新たに酒を造ることよりも過去の酒について知ることの方が意義があるように思われてくる。
圧倒されそうな影響をもっているものには不用意に近づかないことである。近づいてもながく付き合いすぎてはいけない。
なるべく少なく、少なく、と心掛けてノートをとるのがノートの知恵である。それがわかっていないためたいへんな労力が無駄になる。
ものを考えたり感じたりしたとき、とりあえず記録するこういうノートはその人間の精神生活の履歴書のようなものである。